瀬戸内海地域における寺社縁起を収集し、その読解を進め、縁起における構成要素を抽出して比較・対照を進めた。具体的には、兵庫県・岡山県・香川県・広島県を中心として、活字刊本の他、原本や写真などの確認を進め、上記の史料を踏査した。 その中で、瀬戸内海地域における寺社縁起においては、観音菩薩にまつわる信仰が突出していることを確認し、さらにそれにまつわる諸要素として、河海という立地条件、竜宮・竜王といった眷属、竜・蛇の出現、暴風雨や洪水に対する救済、女人信仰の対象としての観音といった表象を抽出した。縁起のストーリーとしては、武士や女性など篤信者による観音への信仰と寺院の建立、本尊による現実的救済、舟運を通じた他地域への信仰の伝播、大和長谷寺・山城清水寺・近江石山寺の観音との関係、僧侶の移動による観音巡礼のルートの形成などを指摘することができた。 南北朝期における合戦においては、観音信仰は重要な役割を果たしており、備後国尾道浄土寺などを中心として、足利氏・北朝による勝利の予兆をなした仏菩薩として信仰される傾向があることを推測しえた。 以上の成果は、就実大学吉備地方文化研究所編『吉備地方中世古文書集成(2)備前安養寺文書』(吉備地方文化研究所、2019年)、「明応年間における備前西大寺の復興造営」(『古文書研究』84号、2018年)、「中世『地方寺院文書』の形成」(中山一麿監修・落合博志編『寺院文献資料学の新展開5 中四国諸寺院Ⅰ』(臨川書店、2020年)などとして結実し、いずれも公刊を遂げている。
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