研究課題/領域番号 |
17K03096
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研究機関 | 東京工業大学 |
研究代表者 |
山室 恭子 東京工業大学, 工学院, 教授 (00158239)
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研究分担者 |
小笠原 浩太 東京工業大学, 工学院, 准教授 (00733544)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 江戸 / 火事 / 病気 |
研究実績の概要 |
本研究は都市江戸が火災・水害・地震・疫病など、もろもろの災害から、どのように民を守ろうとしたのかについて、〈減災〉という新しい概念を導入し、さらに客観評価が可能な数量分析の手法を用いて位置づけ直すことを目的とするものである。計画初年度の2017年度は、江戸でいちばん頻発していた火災に焦点をあてて、数量分析をおこない、武江年表』全3巻に掲載された江戸の火事記録を全て拾い上げて慶長から明治初頭に至る総計923件のデータベースを構築し、江戸の火事について基礎的な考察をおこなった。 計画2年度めにあたる2018年度は、火事に引き続いて江戸の市民を悩ませた〈病気〉を対象として選んだ。江戸の市民が日頃どんな病に悩まされていたのか、なるべく日常に近いデータを得るために、『江戸買物獨案内 全3冊』という買物ガイドブックに着目した。早稲田大学がネット上に写真版を公開しており、第2巻に197軒の薬屋が登場し、346種類の薬の広告が掲載されている。そこから、どんな病気や症状が記載されているのかを逐一拾い上げてデータベース化したのである。 結果、江戸らしい病気の特徴をいくつか析出することができた。小児薬が全体の17%を占め、乳幼児が大きな罹患の危険にさらされており、かつそれをなんとか克服しようという努力が家族や業界によって重ねられていたことが読みとれる。おなじく婦人薬が8%と高い割合を示しているのも、出産という試練の危険性の大きさとともに、それを何とか手当しようとする社会的な風潮が伺える。薬屋広告にみる薬効リストは、そのまま江戸社会の関心事の写し絵というわけである。 このように従来知られていた資料を新しい観点からとらえてデータベース化することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
都市江戸の減災システム、というテーマについて、本年度は〈病気〉に着目した。〈火事〉をとりあつかった昨年度に比べて、病気はコレラ流行のようなパンデミック事象を除いては、おおむね事件性に乏しく、特に日常的な病のありようを統計データとして構築することが、たいへん難しい。『宗門人別帳』のような精緻な人口データも死因までは言及していない。 そうした資料制約を乗り越えるため、本研究では『江戸買物獨案内(えどかいものひとりあんない)』に着目し、江戸の薬屋197軒の広告に記された薬効をリストアアップし分類するという新手法を考案した。 買物ガイドブックから日常的な病気のありようを引き出す。この着眼によって、十楽の医学史のように、個別の顕著なパンデミックにフォーカスするのではなく、より江戸市民の日常に近い病気のありようを統計的に俯瞰することが可能になり、従来とは異なる視角での分析が可能となった。 たとえば現在では売薬の代表は風邪薬であるが、江戸の薬屋広告に占める風邪薬の割合は意外なほど小さく、むしろ「痰と咳」に特化した薬効をうたう商品が目に付く。これは埃が舞いやすい江戸の生活環境を反映したものと推察することができる。このように薬効に着目することで江戸人の暮らしぶりを知る手がかりが得られる。 こうして数量データ化したことによって、江戸の病気全体をトータルでとらえる道が開かれた。おおむね順調に進展、と判断するゆえんである。
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今後の研究の推進方策 |
上記のように、初年度は江戸の火災,2年度めは病気の2つの側面からのデータ蓄積と解析をを進めてきた。これらをトータルにとらえる方策を考える。。 まずは計画初年度に分析した火災データについて、特に隣接している地域どうしであっても、火事の発生確率が何倍も異なるという分析結果に着目する。これほど大きな確率の差があるならば、記録に長けた江戸後期、各町に暮らす人々は、おのが町の危険度をかなり正確に察知していたと推察することができる。 察知していたのであれば、必ずやその情報に基づいて、減災の工夫をしていたはずである。たとえば材木のような可燃性で、かつ非常時に持ち出し困難な財を扱う商いは火災危険度の高い町への立地を避けるであろう。逆に薬種問屋のような、火災発生時に速やかに持ち出すことの可能な軽くて高価な財を扱う業態であれば、火災危険度が高くても臆せずに出店したであろう。江戸の人びとは、火災の危険度をかなりの程度まで正確に予測することができており、それぞれの町の火災特性に適応した業態をとるという減災行動をとっていたのではないか。この仮説を地区ごとにミクロに検証する。いわば江戸班ハザードマップの作成である。 そこに病気データ分析から得られた日常的なリスクへの対応の実態を加味して江戸びとの心性を掘り下げ、、最終的に江戸に暮らした人びとの〈減災〉の営為をあぶり出すことを試みる。
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次年度使用額が生じた理由 |
データベース作成にあたり、入力前のデータの正確性や信頼性の精査に想定より多くの時間を要した。そのため、データベースの入力作業を次年度にまとめておこなうこととし、入力作業についての人件費・謝金等を次年度使用額とした。次年度分とあわせ、データベース作成費用に充当する計画である。
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