本研究事業は16世紀から17世紀の日本国内での貨幣統合の経緯と当時の経済思想との関係を明らかにすることを目的とした。これは研究史的にこれまで断絶のあった日本中世貨幣史・近世貨幣史研究の接続を意図したものである。また、当該時期の貨幣秩序に関する従来の研究では地域性や分散性が注目されてきたのに対し、本研究では統合の方向性に注目した。加えて、従来、貨幣史研究とは別に論じられてきた当該時期の思想状況、とくに経済思想との関係を分析した。これにより、三貨制度の形成を16世紀の貨幣秩序の変動の延長に位置づけるとともに、その論理が近代的通貨統合とは異なる性格を持つことを明らかにし、日本近世の貨幣統合に関する新たな視点の提示と知見の提供を目指した。 結果、三貨制度成立過程に関連する史実の復元については、地域別事例研究を中心に、各地の社会の実態レベルにおける三貨制度の定着の経緯を復元した。当時の貨幣に関する思想との関係については、当時の体系的思想叙述、具体的には太宰春台のものを中心に分析を行い、その言説が表層的には近代と連続性を持つことと、その背後にある論理に歴史的固有性があることを示した。このことにより、当時の思想の中に近代的なそれと同質のものを検出して「近代の萌芽」と評価して思考停止するのではなく、むしろ表面的には同じでもその背後にある論理の異質性、すなわち近世貨幣思想の固有性を検出することを目指し、近代貨幣思想の相対化をはかるという、当初目的を達成した。また、江戸幕府が紙を貨幣素材に使わなかったことの思想的背景すなわち紙幣蔑視の理由を語る言説が含む論理の時代的個性についても復元した。
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