一、宝テイ県知県袁了凡の在任中の公牘集・『宝テイ政書』を利用して、明代後期の華北地方社会と地方政治、とりわけ税金徴収・徭役徴発・国境防衛などの課題に直面する明代後期の地方行政の実態を明らかにすることができた。 二、順天府档案を利用して、前近代の中国国家が如何に「狭小の官僚機構を利用して巨大国家の支配を実現することができた」のか、という問題意識のもと、宝テイ県を例に県レベルの官僚配置と各種組織の役割を明らかにすることができた。 三、順天府档案を利用して、宝テイ県の農村にあった農作物を被害から守るための季節性の任意組織だった青苗会を研究した。青苗会という組織の発生問題と組織としての維持問題、およびその維持に際して国家に対しその関与を求めたこと、および国家が青苗会組織の維持運営に対し果たした役割を明らかにすることができた。 四、『歴史档案』(2017年第1号)に公表した「咸豊元年直隷貢監生呈控京官把持印結案档案」をはじめとする一連の档案資料を利用して、1851年に北京で発生した科挙の郷試試験の受験資格をめぐる受験生と関係官僚との行政訴訟に焦点を当てて、身分獲得競争とも言われる科挙試験の現場で発生したこの訴訟案件の経緯と背景を分析することを通じて、社会移動をめぐる熾烈な競争の実態を明らかにすることができた。 五、東京大学東洋文化研究所所蔵の清代直隷地方公牘の書式をまとめた『直隷冊結款式』に標点を施し整理した。庶民などから提出する公牘の書式を定めるこの本は、清代乾隆年間直隷布政使司が出版させたものである。この本に収録した書式のなかに、特に注目に値するのは庶民が州県官庁宛てに提出した官僚人事・科挙試験・烈女顕彰などに関する公文書の書式である。これらの書式を通して、清代国家諸制度の運用にとって社会の末端から提出された書類の重要性、ないし清朝国家による社会支配の実態を見出することができた。
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