アイユーブ朝期の書記カーディー・アルファーディルの現存書簡を収集・整理し、その内容と書式の分析を行った。収集・整理においては、ドバイの個人図書館で先行研究では未発見のコンヤの図書館所蔵の書簡写本を確認し、一部の複写を行った。またベイルートのAUB図書館蔵のマイクロ資料について、著者死去の100年以内に筆写されており、同年代のモスル稿に次いで古いものであるとの認識を得た。約800通現存するといわれる彼の全書簡の収集完了には至らなかったが、7割程度は収集できた。 今年度は収集資料を基に書式の整理・分析を進め、スルターン名で発出されるスルターニーヤと起筆者の名で出されるイフワーニーヤの双方について、書式が宛名人との関係性によって異なることを見出し、その内容を整理した。この結果、ほとんどが部分引用の形でしか残っていない書簡の宛名人と、差出人との関係性が明確になった。十字軍国家との外交関係においても、十字軍国家国王宛書簡の書式から敬称や祈願が省かれていることが確認された。これらの研究成果を第26回イスラーム初期史研究会にて「カーディー・アルファーディルの書簡群:その特色と用途」として報告した。また、この報告は、書簡の技法・内容の地域差・時代差を見出す試みとして、渡部良子氏による13-14世紀モンゴル支配期のペルシア語書簡に関する報告とともに行い、報告後にそれぞれの特色の比較分析を行った。書簡集に求められる機能の差異により抜粋箇所が異なる点など、書簡による伝達・知的交流の実態を知るうえで有益な成果を得ることができた。 アイユーブ朝の支配の正当性をめぐる主張については、カーディー・アルファーディルらによる書簡群と同時代のアイユーブ朝知識人による史料を用いて分析を進めた。このうち、バハー・アッディーン・イブン・シャッダードによる「サラディン伝」の内容分析を英文で発表予定である(査読通過)。
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