本研究の最終的な目標は,ツァリーズムと呼ばれるロシア専制政治の確立過程を追究することであった。戦争と軍事の面から課題に迫った初年度(平成29年度)の研究成果及び財政面から当該期ロシア社会の変容を検討した研究二年目(平成30年度)の成果を受けて,最終年度である本年(令和元年)は,よく知られたゼムスキー・サボール(以下,ZSと略す)の検討を通して,17世紀ロシアにおける社会統合の実態解明に取り組んだ。その成果が「17世紀前半期ロシアの国家・社会・戦争―ゼムスキー・サボールの歴史から―」である。 ZSは,16世紀後半~17世紀前半のロシアにおける重要かつ特徴的な国家機関であったと思われるが,わが国ではほとんど研究されていない。また,ロシア・ソ連のみならず西欧の学界においても,ZSは,もっぱら西欧の身分制議会との比較という枠組みの中で語られてきた。これに対して本研究は,ZSを,ツァリーズムの確立過程において一定の役割を果たしたロシアに特徴的な機関であるとする立場から,それを,モスクワ政府と種々の地方社会との相互関係の中に位置づけることを試みた。動乱からの回復過程であった17世紀前半における両者の関係が,ツァリーズムの確立において大きな意味をもったと思われるからである。考察の結果,ZSは,地方社会における旧来の諸関係に由来する矛盾を中央権力主導の下に「清算」し,それを通して地方社会を自らの権力構造に適合するように再編成するための有力な手段となったことが明らかにされた。17世紀中葉におけるツァリーズムの成立は,その結果であった。 研究費の助成を受けたこの3年間に,毎年1編ずつの研究論文を公刊できたこと,またそれらの成果が,いずれもわが国ではほとんど研究されていない17世紀前半期のロシア社会の諸相に光を当てるものであったことなどから,学界に一定の貢献ができたものと考えている。
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