研究課題/領域番号 |
17K03195
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研究機関 | 愛知工業大学 |
研究代表者 |
北村 陽子 愛知工業大学, 工学部, 准教授 (10533151)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 世界大戦 / ドイツ史 / 社会国家 / 社会政策 |
研究実績の概要 |
第二次世界大戦から戦後にかけてのドイツにおける戦争犠牲者支援について、主として支援を受ける戦争障害者とその家族との関係を調査・分析した結果を、政治経済学・経済史学会の2017年度秋季学術大会の共通論題で報告した。共通論題では他のチェコ、日本占領下の満州、満蒙開拓団に関する報告と合わせて、戦時下における都市社会問題の生成とそれらへの対応の一例を示すことができた。 盲導犬という「補助器具」が戦争障害者に対する国家援護に組み込まれた過程を明らかにした学術論文は、戦争犠牲者への公的支援の幅が金銭や就労関係だけにとどまらない広さを持っていたことを明らかにした。 このほか、歴史学研究会の2017年度大会に参加し、現代史部会の報告批判を著わした。部会の論題は、第二次世界大戦以降の日本と合衆国における居住の問題であり、戦争犠牲者支援のなかでも最重要部分を占める住宅支援との類似点、つまり緊急性がありかつ多数に一度に対応する必要がある点と、国家が扶養者役割を引き受けた戦争犠牲者は優先されるグループである他方で、戦後日本の被差別部落の人びとや合衆国の黒人住民などとは違うという相違点を指摘した。 イギリスの精神科医の専門職化に関する書評では、第一次世界大戦期ドイツの戦争障害者のうち、精神障害を煩った除隊者の支援に関して、医療の専門家の間で生じた争いがイギリスと同種のものであったことを示した。ただしドイツにおいては、1933年にナチ党政権が誕生すると、精神疾患は戦争障害とは認められなくなるため、戦争障害者を認定する場において精神科医の発言権が失われていった点が異なること、イギリスでは優生学や社会ダーウィン主義が医療関係者のあいだに浸透していたにもかかわらず、著者がその点にあまり目配りしていないことを指摘した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第一次世界大戦以前からすでにすすんでいた社会事業における公私協働は、第一次世界大戦を経験することで、19世紀までとは比較にならない数の戦争犠牲者が生じたことにより、公つまり国家や自治体による支援の領域が拡大した。 本年度の研究実績では、いずれも国家による社会事業の領域を明確化している。盲導犬を含めた国家援護の領域は、医師の診断にもとづいて毎年戦争障害者の就労不能度は鑑定し直されている。これにより就労不能度に応じて決まる年金額も変動する。そのため、公的支援が受けられなくなる戦争障害者も多数生じることとなるが、公的支援から外れた人びとへの支援は、民間の慈善組織あるいは戦争犠牲者の相互支援組織が担っていた。この構図は、第二次世界大戦後まで継続した。 本年度は、戦争犠牲者支援におけるこのような公私協働の社会事業全体のうち、国家援護の範囲とその規模(受給者数)を明確にする作業を行ない、学会報告および論文等で示した。民間の慈善組織による扶助実践についても、研究実績のなかでそれぞれ軽く触れている。とりわけ戦時下において食料調達に欠かせなかったのは、第一次世界大戦期も第二次世界大戦期も女性団体による給食センターの運営や効率的な調理法の講習などといった活動であった。これらの点については、公的支援はむしろ配給の制度化に失敗(第一次世界大戦)したか、その失敗に「学んで」占領地や併合地から略奪するという極端な政策しか実施しなかった点を指摘した。 本研究課題は、女性の社会活動(ソーシャルワーク)が福祉国家形成に果たした役割を検証するものである。女性たちの社会活動は、ドイツはもとよりヨーロッパ全体においても、民間の慈善組織による扶助実践でおもに見られた。そうした側面から、本年度は女性の社会活動がどの領域に展開されたかの範囲を確定する作業を行なったのであり、本来の研究計画に沿った成果となっている。
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今後の研究の推進方策 |
二年度目にあたる2018年度には、第一次世界大戦期の戦没兵士遺族への支援について調査をすすめていく。戦争障害者と並び最大の戦争犠牲者グループを構成する戦没兵士遺族への支援は、19―20世紀の転換期あたりから形作られてきた家族扶助システムをさらに発展させたものである。 家族扶助システムとは、家族を一つの単位として支援する方法で、従来家族成員を個々ばらばらに支援していた慈善活動や行政の支援制度を統合して、傷病にもとづく休業・失業や疾病、不衛生な居住環境など家族の生活に関わる問題点をひとまとめに取り扱う方法である。この家族扶助の実践には、慈善組織で実践活動に携わってきた女性たちが主として取り組んだ。住宅監督など行政の社会事業と、女性たちの扶助実践は、時として同じ目的から協働するようになっていた。 戦没兵士遺族は、戦争で主たる扶養者を失った家族であり、このように発展してきた家族扶助システムの適用を真っ先に受ける対象となった。2018年度は第一次世界大戦期の戦没兵士遺族への支援がどのように発展したか、その際の民間慈善組織による、すなわち女性による扶助実践に着目して調査をすすめたい。 これらの研究成果については、2018年9月に日本独文学会のシンポジウムで、11月に日本国際政治学会でそれぞれ報告することとなっている。また10月には、西洋近現代史研究会で、アメリカ合衆国の在郷軍人会による戦場旅行に関する著書の書評をするなかで、ドイツにおける遺族たちの戦場旅行と彼らへの精神的なサポートの例を提示することを予定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年度は異なる二つの学会で報告するため、現地での史資料調査もより多領域にわたって行なう必要がある。調査時に必要となる文書および文献複写代、あるいは新しい研究成果の書籍購入代などが従来より増えることが想定される。こうした見通しのもとで、2017年度に関しては複写代および書籍購入代を間接経費から充当して、2018年度の調査に備えたため、次年度使用額が生じた。
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