研究課題/領域番号 |
17K03195
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
北村 陽子 名古屋大学, 人文学研究科, 准教授 (10533151)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 世界大戦 / ドイツ史 / 社会国家 / 社会政策 |
研究実績の概要 |
2018年度には、第一次世界大戦期の戦没兵士遺族への支援について調査をすすめた。戦争障害者とともに戦争犠牲者グループを構成する戦没兵士遺族への支援は、19―20世紀の転換期あたりから徐々に形成されていた家族を一つの単位として扶助する方法をさらに発展させたものであることを明らかにした。 戦没兵士遺族は、戦争で主たる扶養者を失った家族であり、このように発展してきた家族扶助システムの適用を真っ先に受ける対象となった。2018年度は第一次世界大戦期の戦没兵士遺族への支援がどのように発展したか、その際の民間慈善組織による、すなわち女性による扶助実践に着目して調査をすすめた。女性たちの支援実践は、従来家族成員を個々ばらばらに支援していた慈善活動や行政の支援制度を統合して、傷病にもとづく休業・失業や疾病、不衛生な居住環境など家族の生活に関わる問題点をひとまとめに取り扱う家族扶助の方法に則って行なわれた。第一次世界大戦後にこの家族扶助は実践の場で体系化され、ヴァイマル期の公的扶助制度の中核となっていった。 以上の調査分析の成果のうち、第一次世界大戦期を中心にした女性の支援については2018年9月に日本独文学会秋季研究発表会で、また戦後の1920年代については2018年11月に日本国際政治学会で、それぞれ報告した。 また昨年度成果を発表した視覚障害を負った戦争障害者に盲導犬が提供された経緯とその後の経過について、その際の質疑応答を踏まえてさらに調査をすすめ、ワークショップ西洋史・大阪(2018年6月)と早稲田大学高等研究所からの招聘(2018年7月)で講演し、20世紀前半を通した支援の発展史を提示した。このほか歴史学研究会から、日本の第二次世界大戦期の精神障害を負った傷痍軍人に関する研究書の書評を依頼され、ドイツ史の観点から主として法律の変遷の相違について、書評会の席上でコメントをした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究実績では、盲導犬関連においては二つの世界大戦期および戦後期という政治体制の異なる期間に関して、国家による社会事業となった範疇を明確にした。他方で、戦争寡婦への支援は、国家による年金給付と並行して自治体による追加支援や民間団体とくに女性組織による生活支援が行なわれたことを明らかにした。さらに第二次世界大戦期から戦後の時期における戦争犠牲者援護に着目して、兵士遺家族への生計支援について論文として発表した。 電信事業が女性の職種とされた過程を分析した著書の書評では、戦争障害者の(再)就労先として電信事業が受け皿になっていた事例について、二つの側面でジェンダー間の軋轢が増したことを指摘した。一つは彼ら戦争障害者への職業教育と就労斡旋という援護政策に従って入職した際に、すでに入職していた女性の電信事業従事者との間で生じた軋轢である。もう一つは戦争寡婦の就労先としても電信事業が考えられたことから、戦争犠牲者が同一職種で競合したために、共同歩調をとるべき戦争犠牲者の内部で生じた軋轢である。後者に関しては、この著書を読み進める中で調査すべき項目として立ち現れてきたものであり、戦争犠牲者への援護は多くの摩擦や矛盾をはらんでいたことに改めて気づかされので、この視角を本研究の今後の分析で役立てていくこととしたい。 本研究課題は、女性の社会活動(ソーシャルワーク)が福祉国家形成に果たした役割を検証するものである。女性たちの社会活動は、ドイツはもとよりヨーロッパ全体においても、民間の慈善組織による扶助実践でおもに見られた。そうした側面から、本年度は主として第一次世界大戦期およびその後の時期において、女性の社会活動がどのように展開されたかを具体的に調査し、その成果を報告しており、本来の研究計画に沿った成果が挙げられたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度にあたる2019年度には、20世紀前半を通しての戦争犠牲者支援と女性のソーシャルワーク、そして福祉国家の生成についてのこれまでの調査の集約を行なう予定である。そのためには、第二次世界大戦期およびその後の戦争寡婦への支援について調査を進める必要がある。とくに就労の場でのジェンダー間の軋轢という分析視角から、これまでの本研究の成果をあらためて検討し直していく。 2019年6月にはドイツのレーゲンスブルク大学の大学院ゼミナールで、二つの世界大戦期における戦争犠牲者援護について、研究成果を報告する。この報告では、20世紀前半を通した戦争犠牲者援護の見取り図を、主として戦争障害者への支援を中心に通時的に提示する予定である。このレーゲンスブルク大学での成果報告に合わせて数日、また夏季休暇中に2週間ほど、それぞれ論文執筆その他に必要となる史資料の調査を計画している。 今年度末には、ドイツの社会国家(=福祉国家)に関する共同研究グループのメンバーで予定している共著書に、第一次世界大戦期からその後の時期を中心とした戦争寡婦をめぐる支援について論文を寄稿する予定である。この論文で取り扱う時期の状況を相対化するためにも、第二次世界大戦期からその後の時期についても調査を進め、成果をいずれかの場で発表することを考えている。 第二次世界大戦後のヨーロッパで、子どもの移動に着目した人口移転の問題を分析した英語文献の翻訳を共同で行なっており、兵士遺家族ではない戦争犠牲者への国際的な支援に関して理解を深めた。「国民」を前提とする福祉国家では、ユダヤ人の子どもなど「国民」でない存在は国家的支援の枠外に置かれたが、こうした存在を女性たちの支援活動は救い上げて、福祉国家を補完する重要な活動を展開したことが明らかになった。戦争犠牲者のなかでのこうした差異にも着目して、これまでの研究成果のとりまとめを行なう。
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