研究課題/領域番号 |
17K03204
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
阿子島 香 東北大学, 文学研究科, 教授 (10142902)
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研究分担者 |
鹿又 喜隆 東北大学, 文学研究科, 准教授 (60343026)
洪 惠媛 東北大学, 文学研究科, 助教 (70827964)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 石器使用痕 / 摩耗光沢 / 微小剥離痕 / 線状痕 / 技術組織 |
研究実績の概要 |
本研究は、石器の機能を実証的に解明する方法として、顕微鏡観察と複製石器の使用実験を組み合わせる「実験使用痕分析法」を一層改善、確立する目的で3年目を実施し、一定の成果を得ている。この分析法は40年以上の歴史を持ち各国で実施されているが、分析方法と解釈基準はグローバル標準には至っていない現状である。申請者のチームが1976年頃から蓄積してきた使用痕分析のデータベースを整備し、公開し、また東アジアの視点での標準判定法の確立へ向けて、今年度は昨年度に引き続いて次のような課題を中心に継続的に進めた。過年度に英文で公開した高倍率法による摩耗光沢の標準化に加えて、低倍率法を再検討し、両者を併用する方法の体系化に向けての実践を、さらに進めた。微小剥離痕の類型化と刃部摩滅および石器縁辺での分布の広がり、両面での偏り等を総合し、従来の方法で重視されてきた摩耗光沢検出からの加工対象物推定法と統合することにより、より確度が高く、岩石種類や石器型式、埋没時の表面状況等の差異を超えて適用できる、東アジア標準基準を目指した。今年度は特に、高倍率法と低倍率法の間で従来不十分な部分であった「中倍率法」について、韓国の共同研究機関の保管資料を再分析し追求した。忠清北道のスヤンゲ遺跡第4文化層出土の後期旧石器時代の石器群について、韓国先史文化研究院(清州市)でスンべチルゲ(有茎尖頭器)の一括観察を継続し、昨年度に英文公表した成果に加えて中倍率法による分析を深めた。石器機能研究を文化進化論に位置付けるための「技術組織」概念との総合は、同石器群がホモサピエンスの東アジア到来直後の年代であることから、着柄行動の分析を通じ追求した。山形県角二山遺跡の継続調査では、年代測定資料を確保し、組合せ道具の細石刃文化の東北地方への拡散について、知見を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
石器使用痕分析の基礎資料データベース化をさらに進めて、東北大学使用痕研究チームの実験資料について、東北大学総合学術博物館紀要で英文で公表するなど、機能判定基準の標準化のため、東アジアの共通基準に向けて進展している。研究成果と問題点について、国際会議で計5回の発表を行ない、アメリカ、韓国、中国などの研究者と方法論や分析資料について検討している。韓国先史文化研究院と共同で実施しているスヤンゲ遺跡のスンべチルゲ石器(有茎尖頭器、剥片尖頭器)の使用痕分析の成果を正式報告書で公表した。そこから、新たな課題も浮上し本研究課題を深める状況になっている。同遺跡出土石器群の追加分析を9月に実施した。東アジア標準基準の構築に向けて、石材資料や遺跡形成過程などの要因からくる多様性に対応するため、「中倍率法」を加えて判定する方法論を追求している。スンべチルゲ基部の抉り加工部分に検出された線状痕と縁辺摩滅を、これにより総合的に解釈して、着柄技術という現代人的行動を考察することは、文化進化論と石器使用痕分析との総合へ向かう一歩と考えている。遺跡構造研究の中で石器使用痕分析を評価するため、また比較文化的考察を進めるため、スヤンゲ遺跡で直面したような風化した表面、日本と相違する岩石、製作技術と石器型式の相異など、東アジア的な基準構築のための諸問題が浮き彫りになりつつあると自己評価している。東アジアの細石刃技術は、文化進化論的な観点からも重要であり、山形県角二山遺跡の継続調査は、遺跡形成過程と使用痕という側面での資料としても重要である。
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今後の研究の推進方策 |
令和2年度は本研究課題の最終年度となり、これまでの研究成果を総合して考察する。東北大学使用痕研究チームの実験資料データベースのまとめ、東アジアの標準基準としての可能性と限定性、広域的な比較文化研究の問題点などが、焦点に含まれる。本研究では、韓国の後期旧石器時代初期のスヤンゲ遺跡出土石器群の使用痕分析を、共同研究として実施するこことができたのは、特筆すべき成果と考えているが、さらに追加分析を進めることが重要である。スヤンゲ遺跡第4文化層のスンべチルゲ石器は、東アジア最初期の新人類による現代人的行動の反映が認められる重要資料である。特に、有茎尖頭器基部の抉り入り部分の摩滅と長軸直交方向の線状痕の検出は、製作工程から使用の連鎖について、有望な知見であり、中倍率法を取り入れて精査したい。昨年度の分析で、ポータブルデジタル顕微鏡を使用し100倍程度の観察が有効であることが判明したので、第4文化層出土の石器群についてさらに詳細な検討を行う。デジタル画像の検討と、高・中・低各倍率の観察結果の総合により、新たな使用痕分析の標準的な基準構築に向かう。この追加観察計画は昨年度は延期せざるを得なかったので、最終年度であるが実施したい。本研究課題の4年間の成果をまとめ、東北大学使用痕データベースを基礎とする東アジア標準判定基準について、国際的に公表を行いたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
石器使用痕分析の東アジア共通の標準判定基準の形成に向けて、韓国の研究機関と共同研究を実施してきた。使用痕の事例研究として分析結果報告書は、正式の発掘調査報告書の一部として公刊し、さらに新たな方法を取り入れて追加分析を9月に実施した。新方法の試行と対象資料の膨大さもあり完了せず、令和2年3月に2名で海外出張し追加分析を予定していた。しかし、新型コロナウイルスの影響により、中止を余儀なくされた。先方との共同計画は合意しているので、忠清北道清州市において、今年度中に実施したい。仮に出張が実現しない場合でも、本研究課題の計画全体に大きな修正は必要なく、東北大学使用痕データベースの整備と公表、国際的発信、論文投稿等、研究課題目的に沿って、おおむね順調に進展できる見込みです。
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