研究課題/領域番号 |
17K03267
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
小田 博志 北海道大学, 文学研究院, 教授 (30333579)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 脱植民地化 / repatriation(返還・帰還) / 先住民族 / 研究倫理 / 公共人類学 / 生命論 |
研究実績の概要 |
3年目である2019年度はrepatriationと脱植民地化の多様な状況を知るための調査を行った。 9月にペルーを訪ね、マチュピチュ遺跡からイェール大学のビンガムらが持ち出した遺骨とその返還について調べるとともに、アヤクチョ県を中心に勃発したペルー国内紛争の記憶とその犠牲者の遺骨の再埋葬に取り組んでいる「記憶博物館」において調査を行った。これと並んで同県のサルワ村に滞在し、植民地支配や国内紛争に抗して自律的な暮らしを保つコミュニティの力を実感し、今後の調査につながる問いを得ることができた。 3月にはカナダのユーコン準州で調査を実施した。まず準備の段階で行ったカナダにおける研究倫理講習(TCPS 2: CORE)と、ユーコン準州政府ならびにユーコン大学の調査許可を得る手続きは、先住民族との関係を踏まえた研究倫理を考察するための得難い経験となった。また現地ではユーコン準州におけるrepatriationの現状、ユーコン大学における大学と先住民族とをつなぎ直す取り組みに関する重要な情報を得ることができた。州都ホワイトホースではカナダの「インディアン寄宿学校(Indian Residential School)」の記憶を刻む「癒しのトーテム(the Healing Totem)」を見ることができた。さらに資料収集の過程で先住民族に特有のケア的な土地(land)との関わり方を表すstewardshipの概念を知り、脱植民地化の議論を深めていく手がかりを得た。 アウトプットとして、現在の北大キャンパスにあたる土地からかつて持ち出されたアイヌ遺骨に関する調査成果を「あるアイヌ遺骨のふるさと」と題して『北海道大学もうひとつのキャンパスマップ』という書籍に収録した。これは一般向けの出版ではあるが、遺骨問題に関する「対話の場」を開く上で重要だと考える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Repatriationと脱植民地化の二つのテーマに関して、ペルーとカナダにおいてフィールドワークに基づく知見を得ることができ、多様性と共通する文脈を明らかにすることができた。また脱植民地化を生命論と接合する理論的考察が発展したことは、顕著な成果であった。先住民族の遺骨問題と研究倫理をめぐる対話の場の構築が進んだ。これらのことから本研究は「おおむね順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度もrepatriationと脱植民地化の調査を続行する。Repatriationの多様な事例とその文脈を調べ、分析すると共に、講演、授業、学習会などを通してその知見を伝えていく。また脱植民地化に関わる先住権・土地権、「自然/人間」の分離過程とそのつなぎ直し、特に遺骨研究が行われた自然人類学における「自然」の客体化過程(A. Zimmermann, 2001, Anthropology and Antihumanism in Imperial Germanyを参照)、および生命論などの論点について、現場と事例に密着しながら考察していきたい。 実践面では、北海道でrepatriationをめぐるつながりと対話の場を開く取り組みを続ける。具体的には、先住民族の遺骨とrepatriationの問題を取り入れた、学生も利用できる研究倫理のオンライン教材を作成したい。 今後の研究に影響を与えると考えられるのが、2020年初頭から拡大している新型コロナウィルス感染症(COVID-19)である。これにより調査が困難になることが予想されるということだけでなく、むしろこの問題は研究の視野を拡大することにもつながる。このパンデミックの要因はグローバル資本主義とそれを背景とする森林破壊にあると指摘されている。植民地主義と経済成長至上主義、そして自然に対する人類の収奪的な関係は等根源的である。先住民族に対する植民地主義的な行為に起因するrepatriationの問題と、自然に対する植民地主義的な関わり方を背景とするこのパンデミックとは文脈を共有しており、それらの解決と本研究のテーマである脱植民地化が向かうところもまたクロスする。このきわめて公共人類学的な問題意識を踏まえ、先住民族の存在論、現代人類学の知見、および生命論を対話させながら脱植民地化が向かう世界を構想し、提示できる研究を深めたい。
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