研究課題/領域番号 |
17K03276
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
上村 明 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 研究員 (90376830)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 牧畜 / モンゴル / ブリコラージュ / 搾乳 / 倫理 |
研究実績の概要 |
2018年夏のモンゴル国西部ホブド県での参与観察による調査では、①ヤギの搾乳にともなう掛け声とその応答の交換によって、ヤギと人間との関係がいかに構築されるか、②2019年春の別科研による聞き取り調査では、不確実で時間的及び空間的に変動のおおきい自然環境に対応するため、カザフ人とモンゴル人とがどのようにして安定的な協力関係をきずこうとしているか調べ、本科研ではそのさい得られた世帯の移動と行政の対応、気候条件のデータを分析した。今年度は、以上のような牧畜に密着した調査のほかに、都市におけるブリコラージュ事象についても調査した。具体的には、③2019年春聞き取り調査で、ブリコラージュによって発生し発展してきたヒップホップ音楽が、モンゴル社会にいかに導入され社会に根づいているかについて調べた。 ①の調査では、搾乳するヤギに対する命名のほとんどが身体的特徴によるものであり性格的特徴によることも少数あること、名前によるヒトの呼びかけに対しヤギが搾乳するヒトに自分から接近する相互応答的な関係が築かれることがわかった。この事例のような搾乳方法は現在では一般的でないが、その選択には生態的・生物学的・社会的諸要素が重層的に錯綜しているということを詳細に記述することができた。②の調査データによる分析では、年単位の気象条件の変動のサイクルが、少なくともこの数年は予想外にみじかく、また行政のとる政策はこの変動に対応した外部からの家畜の受容と国際援助プロジェクトが推奨する排除との間で揺れ動いていることが明らかになった。③の調査では、ヒップホップの社会批判的要素とエスノ・ミュージックの観点から考察し、韻文の伝統を受け継ぐだけでなく今日英雄叙事詩がヒップホップとして歌われている現象を明らかにした。また、モンゴル・ヒップホップの生産性がインターネット上のコモンズの存在に支えられていることもわかった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
牧畜に直接むすびついたプリコラージュ的事象が、都市的で現代的な社会現象に離床していく過程を解明する糸口が見えるようになった。 牧畜そのものについては、生態・自然環境の変動のおおきさが、モンゴル牧畜社会のブリコラージュ的性格の生態的基盤になっていると考えられる。モンゴル国西部の調査地にかぎられるものの、環境の変動が予想以上におおきいことが明らかとなったことで、その仮説を裏づける材料がさらに増えたと言える。また、越冬のための家畜移動に対する行政による政策の考察は、国際的なあるいは新自由主義的規範が、いかにモンゴルにおける移動牧畜に影響をあたえ、それをどうモンゴル側が受容しているか、外来の規範のブリコラージュ的受容を説明する事例となるだろう。さらに、ヤギ搾乳の調査事例での子ヤギ殺しにおける倫理的な意味についても考察した。このことは、牧畜社会のプリコラージュ研究を、生業面だけからではなく、倫理、宗教や儀礼とも関連づけていくきっかけになると考えられる。 モンゴル・ヒップホップの研究は、牧畜社会とくに生業にむすびついたブリコラージュ的事象が、ある種の相似性をたもちながら、そこから都市へと展開していく研究の重要な一部となる。とくに、モンゴル・ヒップホップがモンゴルの韻文の伝統をしっかり受け継いでいること、ラップがホーミーとむすびつき、さらには伝統的な英雄叙事詩の要素も取り込みながら、一種の英雄物語として機能していること、そこに政治的な民族主義利用の意図も含まれていることが明らかになった。そこから進んで、“remix culture”としてのモンゴル・ヒップホップの生産性をとらえることによって、コモンズ研究を媒介とし、牧地利用の研究と共通する視点に立った研究をすすめる展望がひらけた。このことは、本研究における理論的な発展におおきく寄与すると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
基本的に今年度とおなじく、つぎの事項に重点をおいて研究を進める。 新しい調査と既存の調査の記録や統計データを整理し統合する。過去の調査のデータでまだPC入力されていないものを入力し、おなじ調査地で数回行った調査のデータと統合し、調査地間でデータを比較できるようにする。また、移動の聞き取りの際に出てきた地名をGIS化して地図上に落とす作業を徹底し、牧畜民世帯の移動マップを作製する。これら牧畜の調査で得られたデータを用いて、牧畜移動の回数・距離等と、家畜の頭数、収入等、家計の諸要素がどのような相関関係にあるか統計分析を、聞き取り調査の情報と照合しながら行う。 参与観察に時間をとり、10~20日間の比較的長期滞在の調査を、西モンゴルの牧畜地域の調査地で行う。牧畜の現状は常に変化しており、現場の感覚をつかんでおくことは重要である。参与観察と聞き取り調査を組み合わせることによって、統計データや調査票調査だけでは明らかにならない、実践者の感覚と内的な論理を明らかにすることを目指す。とくに、信仰と倫理の要素を含んだ調査もおこなう。 モンゴル社会におけるブリコラージュ的実践のリストを作成する。現在進行中のヒップホップだけでなく、さまざまなテーマでデータを集める。それによって、牧畜のブリコラージュ実践と非牧畜におけるブリコラージュ実践との相同性・連続性を明らかにする。 本年度は、発表の回数がおおく論文数がすくなかったので、論文の執筆に時間を割く。とくに、牧畜の移動をブリコラージュ的な実践としてとらえる理論的な問題をあつかった論文を発表するとともに、現代モンゴル社会において、ブリコラージュ的な性格をつよくもつ、牧畜以外の実践をテーマにした小論を発表する。具体的にはヒップホップをテーマとする。また、ほかの研究プロジェクトの調査と相乗効果が生まれるように、調査の方法と地域を選ぶ。
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