研究課題/領域番号 |
17K03276
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研究機関 | 東京外国語大学 |
研究代表者 |
上村 明 東京外国語大学, 大学院総合国際学研究院, 研究員 (90376830)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 牧畜 / 開発 / 搾乳 / 疫病 |
研究実績の概要 |
モンゴル国科学アカデミー歴史民族学研究所主催の国際シンポジウム「モンゴル民族学2020年」に参加し、プロシーディングに研究論文「「牧地保有化」に関する理論と実践」(モンゴル語)を発表した。同シンポジウムは同国の民族学研究の総括として毎年開催される。発表および論文では、モンゴルの牧畜部門における開発プロジェクト言説に援用される欧米の理論とプロジェクトの実践との乖離をケーススタディに基づき分析した。この乖離は、モンゴルの牧畜民が外国からの開発プロジェクトのある部分を利用しある部分は拒否するブリコラージュ的な過程そのものと言える。モンゴル国における土地制度とくに牧地保有についての研究は理論的なレビューがまったくないか、開発サイドの文書は開発に都合のよい理論しか言及しないことがほとんどである。そのため、それに対抗するための文化人類学や社会学等の理論の説明と個別のケースへの適用について詳しく述べた。 また、8月末から9月初め、西モンゴルの調査地でヤギの搾乳についての参与調査を行った。家畜の命名や呼びかけ、群の編成といった個々の技術が、その時々の自然環境や世帯の社会的条件によって、総体としての搾乳作業として織りなされていく過程を観察した。また、実際に見えている顕在化した作業の向こうに、潜在的な技術のバリアントの蓄積が広がっており、現在通常使われることのなくなった技術がある事情で使われたり、まったく別個の形態に見える技術が深いレベルで共通性と置換可能性をもっていたりすることが明らかになった。これも本研究におけるブリコラージュ性を理解するのに役立つ。 さらに、モンゴル政府と社会のコロナへの対応や言説について調査するとともに、コロナ禍でのナーダム祭やオンラインによる音楽受容の変化について調査した。これについては、現在のところ情報の収集にとどまり十分な分析はなされていない。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年1月にモンゴルに渡航し、コロナ感染拡大のため出国できず11か月間モンゴルに留まった。警戒レベルが下がり移動制限が緩くなった際には、モンゴル国内のシンポジウムへの参加など研究者との交流の機会が十分持て、モンゴルにおいて研究成果を論文として発表できた。また、これまで毎年実施してきた調査地での調査も夏行うことができた。 しかしながら、総じて外出制限が厳しく、いったん警戒レベルが上がると地方で足止めされるリスクが大きいため、地方への自由な移動もむずかしく、滞在先からほとんど出ない状態が長く続いて、外部との接触は食料品など生活必需品の買い出し時のみになることが多かった。当初は調査の機会が増えると期待したが、現実にはそのとおりにはならなかった。 一方、滞在先では研究文献を自由に入手し利用できないため、調査情報を分析し思考を深めることにも支障があった。 また、モンゴル滞在中の本科研によるテーマとして、コロナと疫病一般に対するモンゴル社会の対応を選び、野生動物、家畜、人間のそれぞれの疫病に対する認識の相違と相関について調査する予定だったが、モンゴル語の文献すら十分に収集できないばかりか、そもそも疫病の研究そのものが医学と獣医学以外ではほとんど存在しないことが分かり、収集したインターネット上の新聞の記事や現地テレビのニュースは膨大なわりに、固有な特徴が明瞭に浮かび上がってくることがなく、特徴が見られても、厚い記述をするのには材料が足らなかった。そのため、このテーマについては十分に研究が進捗したとは言えない。
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今後の研究の推進方策 |
モンゴルへの渡航が可能になり次第、現地での調査が開始できるように準備する。モンゴル国では、コロナ感染の拡大とともにワクチン接種も急速に進んでおり、近く集団免疫が達成されて渡航が可能になる公算が高い。それまでは、これまでの調査結果の整理と研究文献の収集・分析を行う。 ひとつめに、研究実績の概要で述べたヤギの搾乳作業について、研究文献をさらに収集・分析し3年間の調査で得られたデータを整理して、家畜の命名や呼びかけ、群の編成などの技術からブリコラージュ的に生成される過程として論ずる論文をまとめる。 ふたつめは、ひとつめを発展させる形で、家畜へのかけ声やホーミー、英雄叙事詩について過去に発表した研究を、マルチピーシーズやmore-than-human、つまりは環境との「混ざり合い」あるいはハイブリッドとしてのアフォーダンスの観点から再構築することを目指す。そのため、過去の現地調査のフィールドノートを再整理し、関連文献のレビューを行う。さらに、フィールドで録音・録画した資料を活用する手段を検討し、研究論文に取り込む方法と文字のみによらない成果の発表の可能性を考える。 今年度研究が進まなかったコロナと疫病一般に対するモンゴル社会の対応について、これまでのモンゴル政府と社会のコロナへの対応や言説について整理するとともに、コロナ禍でのナーダム祭やオンラインによる音楽発信と受容の変化について調査する。コロナという特殊な条件においてこそ、ブリコラージュ性はより明確に発現すると考えられるからである。これらは、個別の独立した研究論文にするのではなく、インターネット上のブログあるいはコラムのような形でまとめ、ブリコラージュの実例として示す。 これまでモンゴルの牧畜について発表した複数の論文を、1冊のモノグラフとしてまとめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ感染に対するモンゴル政府の措置により、当初予定していた現地調査が完全には実施できなかったため。モンゴルでの調査が可能になれば、海外旅費として使用する計画である。
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備考 |
最近サーバーの故障から復旧したため、上記のモンゴル古地図プロジェクトについてのみ公開している。
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