ラーンナー(Lan Na)は13世紀末から20世紀初頭まで東南アジア大陸部北部地域に存在した王国であり、チェンマイはその中心地であった。独自の上座部仏教・精霊信仰・霊媒術等が構成する一つのゆるやかな宗教性は、今日もタイ・ユアン(Tai Yuan)の人びとのアイデンティティの縁となっている。2019年度は、チェンマイ郡およびその周辺地域において呪術を実践する霊媒・仏教僧に関する調査・研究を実施した。 その結果、第一に、霊媒と呪術僧の共通点が明らかとなった。通常の場合、呪術僧の霊力の源泉は超越的な霊的存在への信仰であるが、実際にはこの信仰は霊媒の場合でも同様である。さらに、両者が信奉者を対象とする儀礼を実践する際、その儀礼項目のほとんどが互いに共通するものであった。第二に、霊媒と呪術僧の間にはインフォーマルなネットワークが存在し、両者による儀礼的協同作業も近年増加傾向にあることが明らかとなった。第三に、一部の呪術僧には近隣の信奉者だけでなく、東アジア・東南アジアの近隣諸国の信奉者が多数存在し、海外の信奉者の中には呪術僧が止住する寺院に対して多額の喜捨を行う者が存在するということが明らかとなった。 さらに、本研究の視座を拡張すべく、関西社会学会、2019 AAS-in-ASIA Conference、EHESS(パリ・社会科学高等研究院)のワークショップにおいて研究発表を実施した。中でもタイ・バンコクにおけるAAS-in-ASIA Conference、及びフランス・パリにおけるワークショップでは、ヨーロッパ・北米・オーストラリア・東南アジア・東アジアなど世界各地から参集した研究者との意見交換を行い、新たな知見を得ることができた。
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