研究課題/領域番号 |
17K03281
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
朝田 郁 京都大学, アフリカ地域研究資料センター, 研究員 (00780420)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ハドラミー / ザンジバル / アラブ首長国連邦 / 移民 / 越境 / ネットワーク / 親族関係 / イスラーム的規範 |
研究実績の概要 |
イエメン南部出身のアラブであるハドラミーは、アラビア半島からインド洋の周辺地域に向けて、継続的な移住活動をおこなってきた。しかし、一度は東アフリカ沿岸地域などに定着したハドラミー移民が、近年になってアラビア半島の湾岸産油国に再移住する動きを見せている。そこで本研究は、彼らの大規模な移動を可能としているファクターと、移住前後のコミュニティにおける移民の社会関係の分析を通して、ハドラミーの越境的ネットワークの実態解明を目的としている。 平成29年度は、ハドラミーの越境活動を支える基盤について調査を進めた。先に東アフリカでおこなった予備調査では、アラビア半島の産油国の中でもアラブ首長国連邦(以下、UAEと表記)への移住者が多く、ドバイのラシーディーヤ地区にハドラミーが集住しているという情報を得ていた。そこで、ドバイの同地区とアブダビ市内を中心に、聞き取り調査を中心とするフィールドワークを実施した。 調査の結果、UAEがハドラミーの現在の目的地となっていることが、社会経済的な観点から裏付けられた。UAEの労働市場においては、接客を中心とするサービス業にフィリピン人、肉体労働には南アジア出身者という棲み分けがあるが、そのような中でハドラミーはアラブ系労働者のグループに属していた。ハドラミーが従事するのは、アラブ諸国間での貿易業とそれに関連する小売業であった。 その一方で、UAE内部の政治動向に連動する形で、同連邦の中でもハドラミー移民を受け入れるコミュニティの場所が、次々と移動している状況が明らかになった。すでにラシーディーヤ地区はその役割を終えており、現在ではUAEを構成する首長国の一つであるアジュマーンに、移民のコミュニティができつつあるという情報が得られた。 以上の結果から、湾岸産油国を新たな中心地とする形で、ハドラミー移民のネットワークが動的に変化し続けていることが裏付けられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在までの研究成果としては、ハドラミー移民の越境的ネットワークが、現在進行形で再構築の過程にあることが分かったことが大きい。今回の調査地域の選定は、現在の移民を送り出す立場である、東アフリカのハドラミー協会からのアドバイスによるものであった。しかし、研究計画立案から調査実施までの時間経過で、すでにその情報が陳腐化しはじめるなど、ハドラミー移民を取り巻く状況変化の激しさは予想を超えるものであった。この点で、1年に1回の中長期の調査よりも、短期調査を1年に複数回おこうなう方が、この変化を追いやすいのではないかと考える。 平成29年度は、UAEと東アフリカ・ザンジバルの調査を予定していた。UAEについては、実績の概要にまとめたように予想していた以上のデータが得られたものの、東アフリカのハドラミー・コミュニティに対する調査については不可能であった。これは、東アフリカ側のカウンターパートである、現地のハドラミー協会との日程調整が難航したことによる。この問題については、現在、同協会の副代表とスケジュールの再調整を進めていることから、平成30年9月を目処に、改めてフィールドワークが実施できる見込みである。 また、本研究の計画には、ハドラミーとホスト社会の住民との社会関係を、イスラーム的規範の共有に着目して検討する課題が含まれているが、そのイントロダクションにあたる研究として、予備調査のデータをもとに学術論文の投稿(出版は平成30年度予定)とトルコ・カイセリで開催された国際人文社会科学学会において研究発表をおこなった。この国際学会では、今後の研究を進める上で有益なコメントが得られており、その内容を本年度の調査計画に反映させる予定である。 以上の点から、本研究はおおむね順調に進展していると評価する。
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今後の研究の推進方策 |
まず、平成29年度に実施できなかった東アフリカ・ザンジバルのハドラミー・コミュニティに対する調査をおこなう。特に、現在の東アフリカは移民を送り出す状況にあることから、ハドラミーの移住先の選択や、新しいホスト社会への定着にあたって、この地域のハドラミー協会がどのようなサポートを提供しているのか、彼らの越境的ネットワークの背景情報を中心に、聞き取り調査を実施する予定である。 次に、本研究で計画されている課題として、ハドラミーの血縁・親族関係を軸にしたネットワークについての検討がある。この課題の推進にあたっては、特に預言者ムハンマドの家系出身者の協力が重要になる。しかし、今回のUAEのフィールドワークにおいては、調査協力者や情報提供者の中に預言者の子孫は含まれていなかった。一方で、ザンジバルのハドラミー協会の幹部がムハンマドの家系出身者であることから、平成30年9月の東アフリカ調査で調査協力を得るとともに、UAEを中心とした湾岸産油国で暮らす同家系メンバーの紹介を依頼する。 また、ハドラミーとホスト社会が共有している、イスラーム的な規範についての課題も、平成30年度から着手する予定である。湾岸産油国はイスラーム法を厳格に運用することで知られ、東アフリカにおいてもムスリムに対しては同法が適用されている状況にある。一方で、イスラームからの逸脱だと批判を受けるような活動も、近年これらの両地域で活発化している。その一端は、平成29年度の調査でも確認することができた。そこで、イスラーム法の運用状況を押さえながら、ホスト社会とハドラミーを媒介するイスラーム的規範についても調査をおこなう。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度2度目の海外渡航が年度をまたいでの帰国になったことから、この旅費が財務会計システム上、平成30年度の処理になっている。それ以外の差額は、平成29年度の東アフリカ・ザンジバルでのフィールドワークが実施不可能であったことから、この調査のために確保していた旅費、機材費、人件費である。この調査については平成30年9月に実施する予定なので、計画通り適切に使用できる見込みである。
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