研究課題/領域番号 |
17K03281
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
朝田 郁 京都大学, アフリカ地域研究資料センター, 研究員 (00780420)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ハドラミー / 東アフリカ / アラブ首長国連邦 / 移民 / ネットワーク / 言語 / イスラーム的規範 / 親族関係 |
研究実績の概要 |
インド洋に面した国々には、ハドラミーと呼ばれるイエメン系アラブ移民が暮らしている。東アフリカ沿岸部も彼らの移住先であったが、アフリカ諸国の政治的動乱から、近年は湾岸産油国に再移住する動きがある。本研究では、このハドラミーによる越境活動の多元的検討を進めている。 2018年度は、移民と周囲の人々の関係性について、言語に注目した調査を実施した。彼らの現在の移住先であるアラブ首長国連邦(以下、UAE)では、湾岸アラビア語と呼ばれる口語アラビア語が使われている。UAEには、自国のアラブやアラブ系移民以外にも、多数の出稼ぎ外国人労働者が暮らしており、ビジネスの言語は英語である。東アフリカ出身のハドラミーは、民族としてはアラブであってもスワヒリ語を母語とする。旧ホスト社会ではスワヒリ語だけで完結した生活であったが、UAEは英語とアラビア語が必須な多言語社会である。 東アフリカからUAEに移り住んだハドラミーの調査からは、複雑な言語状況が浮かび上がった。年配者や移住から間のない移民はスワヒリ語しか話せない。一方、働きに出るハドラミーは、英語と湾岸アラビア語を使い分ける。UAEで育った若い世代は、湾岸アラビア語と正則アラビア語を理解する。正則アラビア語は、文語的性質の強いアラビア語で、現地の学校教育でも使われていた。家庭内での会話は基本的にスワヒリ語であるが、若者にとっては母語ではないため語彙も限定的で、若者同士の会話では湾岸アラビア語が用いられる。 UAEには東アフリカ出身以外のハドラミーも存在しており、彼らは別の母語を持つ。そのため、出自意識を共有しつつも、言語が障壁となり関係性は限定的なものに留まっていた。その一方、同郷で同じ言語を話す別民族とは、強い結び付きがあることも確認された。以上の結果から、ハドラミー移民のコミュニティのあり方に、言語が大きな影響を与えていることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2018年度のUAE調査は、前回のドバイとアブダビに加えて、アジュマーンでも実施した。これは、昨年度の調査から、ハドラミー移民の新しいコミュニティが、アジュマーンに存在するという情報を得たためである。また、東アフリカにはハドラミーの定着地域ごとに、移民社会を束ねる協会があったが、アジュマーンには存在しないことも判明した。そこで、旧ホスト社会のハドラミー協会の紹介で、アジュマーン在住のハドラミーの中心人物に調査協力者になってもらった。その結果、上記の「研究実績の概要」でまとめたように、UAE各所に暮らすハドラミーの家庭内での調査が実現した。 2017年度は、現地カウンターパートとの日程調整が難航したことから、東アフリカのザンジバルではハドラミー・コミュニティに対する調査ができなかったが、2018年度は当初予定していた通り、9月に改めてフィールドワークが実施した。「研究実績の概要」では、UAEでの言語調査の結果のみをまとめているが、移民とホスト社会に共有されたイスラーム的規範について、ザンジバルにおける宗教儀礼への参与観察を通して調査・分析をおこなっている。その成果の一部は、日本アフリカ学会の学術大会(2019年5月)で発表する予定である。 東アフリカ沿岸部と湾岸産油国、そしてハドラミー本来の起源であるイエメン南部地域は、いずれもインド洋の西海域に属している。ハドラミーは、国境を越えた広域ネットワークを持っており、それを活かして西海域の各地を現在でも移動している。そこで、これまでの調査で判明している、ハドラミー・ネットワークの実態と彼らの移動の軌跡について、トルコのネヴシェヒルで開催された国際人文社会科学学会(2019年1月)において発表をおこなった。この学会で得られた意見は、次年度の調査計画に反映させる予定である。 以上の点から、本研究はおおむね順調に進展していると評価する。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度は、移住先の選択から社会生活の開始までの流れの中で、エスニシティが担っている役割について掘り下げた調査をおこなう。2018年度の調査では、イエメンの同じ地域に家系的出自のあるハドラミーであっても、直接の出身地である旧ホスト社会が異なっている場合、言語の問題が障壁となり深い相互交流が難しいケースが観察された。その一方で、ハドラミーであるか否かよりも、旧ホスト社会が共通しているという点での結び付きの方が、新ホスト社会での暮らしを容易にしている側面もあった。特にドバイでは、ザンジバルの同郷協会が存在しており、かつては民族的出自を超えた繋がりを新ホスト社会に生み出していたという情報も得ている。そこで、改めてハドラミーとしてのエスニシティが、この移民のネットワークにおいて、どのような役割を果たしているのかを調査していく。 また、ハドラミー移民と新旧ホスト社会に共有されたイスラーム的規範が、共同体形成に果たす役割についても、さらに検討を進めたい。2018年度の調査では、ザンジバルにおいてハドラミーの聖者祭を参与観察することができた。ハドラミーの中でも預言者ムハンマドの家系出身者は、イスラーム的な価値に照らして特別なステータスを保持しており、ハドラミーのコミュニティにおける内なる異人という様子がしばしば観察される。しかし、聖者祭においては、そのようなハドラミー間の出自をめぐる違いは最小化されており、イスラームが移民の共同体に対する差異化と同化の2つの役割を持っていることを示唆していた。2019年度は、11月上旬に預言者ムハンマドの生誕祭が予定されていることから、このイスラーム最大の祝祭の場を参与観察することで、共同体形成をめぐるイスラーム的規範の役割について考えていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
初年度に予定していた、東アフリカ・ザンジバルでの調査が不可能であったことから、この地域でのフィールドワークについては、実施予定を1年ずつ後ろにずらしている。また、ハドラミー移民を取り巻く環境変化が、計画立案時の予想を超えるものであったことから、1年に1回だけの中長期の調査よりも、複数回の短期調査に分割して、状況のフォローをおこなう方針にした。よって、2018年度の調査を短期かつ低予算に抑えることで、今後、複数回フィールドワークを実施するための財源を確保している。最終的には、予定した調査をすべて終えた段階で、計画通り適切に使用できる見込みである。
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