研究課題/領域番号 |
17K03294
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研究機関 | 成城大学 |
研究代表者 |
関口 由彦 成城大学, 民俗学研究所, 研究員 (30538484)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | エスニシティ / 関係的主体 / 現代のアイヌ文化伝承活動 / 日常性 |
研究実績の概要 |
現代のアイヌ民族のエスニシティの再編過程の舞台となる文化伝承活動が実践される「場」の参与観察を実施した。首都圏においては、アイヌ文化伝承グループ「レラの会」による伝統舞踊・伝統工芸の継承活動の場の参与観察を行い、同時に、他グループとの協働による先祖供養儀礼をはじめとする伝承活動の場の参与観察を実施した。また、東京では数度にわたって、北海道旭川市の川村カ子トアイヌ記念館館長に聞き取りを行った。北海道・様似町においては、様似アイヌ協会および様似民族文化保存会の活動についての参与観察を行うとともに、様似アイヌ協会会長、様似民族文化保存会会長、様似アイヌ協会生活相談員、様似町ジオパーク推進担当職員から、伝承活動に関する聞き取りを実施した。北海道・浦河町においても、伝承活動の場の参与観察ならびに浦河アイヌ協会生活相談員からの聞き取りを行っている。さらに、阿寒湖アイヌコタンでは、観光業と密接な関わりのある「まりも祭り」の中で、全道各地のアイヌの人々が交流する場の参与観察を実施した。その上で、アイヌ文化伝承活動の地域ごとの特徴について比較検討をしている。 上記の調査・研究の意義は、日常生活の場に厳然として存在するマイノリティの共同性のあり方を明らかにすることであり、そのような「場」への注目は、エスニシティ論における本質主義/構築主義の対立やジレンマ(構築主義によるマイノリティの共同性の解体)の超克の足掛かりとなる。また、日常生活の場としての特質をもつアイヌ文化伝承活動の「場」に注目することは、それらの活動に関わる当事者たちが他者とのつながりを保持する関係的主体であることを明らかにするうえで極めて重要であった。自他の全体像を見渡す超越的視点の不在を示すものであり、そのことは新たなエスニシティ論――本研究が提示しようとする日常的エスニシティ――の一側面を明らかにするものであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
首都圏、および、北海道・様似町、浦河町、阿寒湖アイヌコタンの各地域における現代のアイヌ文化伝承活動の場の参与観察を行い、さらに文化伝承に関わる当事者たちの実践についてのインタビューを実施した。そこでは、様似町のアポイ岳ジオパークとアイヌ民族の関わりや、浦河町における海外の少数民族とアイヌ民族の交流、阿寒湖アイヌコタンにおける観光産業とアイヌ民族の関わりのような、現代のグローバリズム、地域おこし、観光現象といった現代的テーマとの深いつながりも視野に入ってきた。 特に首都圏と様似町では、現代におけるアイヌ文化伝承活動が日常的に実践される「場」の精緻な民族誌的記述を行うことができた。すなわち、調査者自身が当事者と共に伝統舞踊や工芸技術の「体得」を目指す密着型の参与観察を実施することができた。それによって、調査者もまた超越的視点をもつことなく、他者との対面的つながりを保持する関係的主体による文化伝承の実践を、その内側から浮き彫りにすることができてきている。言い換えれば、調査者自身が超越的視点から内在的視点に移行し、関係的主体同士の関係性の中に埋め込まれるようになってきている。そのことは、アイヌではない和人である「私」自身がアイヌ/和人の民族的境界の再編を内側から捉える視点を得たことを意味している。 そのような文化伝承活動の展開される「場」が日常生活の場でもあるという特徴を民族誌的記述によって明らかにすることによって、その「場」において生成する柔軟な自己意識やエスニシティの境界の再編過程を検討する次年度以降の研究の足場を築いた。そのような「場」自体がもつ特徴についての理解がなければ、そこで展開されるアイヌ文化伝承活動やそこに関わる人々の〈想い〉についての理解も得られないのである。
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今後の研究の推進方策 |
当該年度の調査・研究によって、融通無碍な自己意識を形成し、エスニシティの境界すらも流動的に再編していく持続的な共同性が、どのような日常生活の場の特質によって生み出されるものであるのかを内在的視点から実証的に検討することができた。したがって、今後は、そのような「場」において伝承活動を行う人びとが関係的主体として、アイヌ/和人といった区別をどのように用いているのか、それによってどのように自らの〈想い〉を語ろうとするのかという点に着目して、ライフストーリーの聞き取りを行う。長期休暇を利用して、北海道・様似町、浦河町を中心として、旭川町、阿寒湖アイヌコタンにおいて、フィールドワークを行い、現代のアイヌ文化伝承活動に関わる人々のライフストーリーを採取する。 そこでは、人々の〈想い〉を伴うエスニック・アイデンティティの語り口に注目するために、桜井厚らの提唱するライフストーリー研究法を採用する。それによって、語り手が人と人とのつながりの中に巻き込まれた関係的主体であることを想定し、時には定型的な語り口と対立・葛藤を生じさせることがあることも視野に入れる。ただし、これまでのライフストーリー研究がインタビューの場における語り手と聞き手との相互関係に注目しがちであるのに対して、本申請研究では伝承活動が深く埋め込まれた日常生活の場の文脈に注意をむける。そして、アイヌ民族の文化・社会運動史に見られる主張と日常生活の場における語り口との関係・ズレに注目し、日常的エスニシティの特質を探究する。 また、調査成果としてのライフストーリー・データに関しては、QDAソフト(質的研究支援ソフト)を用いて、逐次的に分析をはじめる。質的調査・研究の特徴として、調査データの収集と分析は、何度も往復的に繰り返される。それによって現場密着型の立論を行うものである。
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