平成29年度のアイヌ文化伝承活動の場の参与観察によって明らかになった、当事者たちを日常生活に根差した馴染みの関係性の中に組み込んでいくアイヌ文化伝承活動の〈場〉の特質が、平成30年度のライフストーリーの聞き取り調査で明らかになった固有の〈想い〉を伴うアイデンティティの柔軟なあり方を可能にしてきたといえる。すなわち、対面的な文化伝承活動の〈場〉を持続的に共有することで生み出される顔馴染みの関係性こそが、各個人が多様な(固有の)〈想い〉を伴う柔軟なアイデンティティを保持することを可能にしてきたということである。このことは、エスニック・アイデンティティが、同じ〈場〉に居るという隣接的な関係性と深く結びついていることを示している。そこで本年度は、このようにして明らかになってきた隣接的共同性という観点から「日常的エスニシティ」概念のさらなる理論化を試みた。それは、内在的視点をもった関係的主体による境界構築についての議論と接続するものであった。また同時に、本年度は、民族共生象徴空間及び国立アイヌ民族博物館が開業した。そのことは、民族共生象徴空間及び国立アイヌ民族博物館という〈場〉に参与(勤務)する私にとっても、内在的視点の深化をもたらしたといえる。他者に向き合うことは、未完の対話となる。自らも参与し、内在化している関係性の中で「日常的エスニシティ」について考えることは、終わらない現実へのまなざしをもって他者に向き合いつづけることでもある。
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