研究課題/領域番号 |
17K03334
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
高橋 直人 立命館大学, 法学部, 教授 (50368015)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ドイツ法学の継受 / 西洋法史 / 日本法史 / 近代法史 / 大学史 / 法学教育 / 明治 / ドイツ |
研究実績の概要 |
明治期にドイツにおいて法学博士の学位を取得した日本人留学者(以下、「学位取得者」)の現地における活動実態を史料に即して描き出すことが、本研究の基本的目的のひとつである。この目的を実現するために、とりわけ学位審査記録(Promotionsakten)を史料として活用しつつ、「学位取得者」たちの現地での学修・研究に関する営みをこれまで明らかにしてきた。だが中には史料が乏しく、学位取得の経緯はもとより学位論文の詳細すら不明のままである者も存在する。その代表的な例である本多康直(司法省参事官・大審院判事。ゲッティンゲン大学で1882年に学位を得た)に関し、未公刊にとどまった彼の学位論文の手書き原稿および学位審査記録をゲッティンゲン大学文書館にて閲覧し、その学位取得の実際を解明することができた点は、2019年度の特筆すべき成果である。 また、「学位取得者」たちが学位を得た大学がゲッティンゲン、ライプツィヒ、ハレ、ハイデルベルクの各大学に集中していることに対し、その背景に対する考察が進展した。とりわけ、当時のドイツの主要な法学部における学位の授与件数や審査内容の違い、上掲の諸大学の学位審査に対するゴルトシュミット(Levin Goldschmidt)をはじめとする当時の法律家たちによる評価などに関し、参考となる史料の入手と読解が進んだ。 さらに、これまで報告者はドイツ側の史料を中心に研究を進めてきており、日本側の史料および先行研究に対する調査に遅れがあったが、これについても、たとえば明治20年・31年の学位令下における私学出身者の法学博士学位の取得の困難さとその背景、明治期の法学部教授のキャリアパス、旧大垣藩出身の「学位取得者」およびその関係者とウィーン大学のシュタイン(Lorenz von Stein)とのつながりなどの点をめぐって、研究の進捗があった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
まず、本研究計画の基礎をなすところの、明治期の日本人法律家のドイツにおける学位取得に関する史料を現地の主要大学ごとに収集する作業については、研究の完遂に最低限必要な範囲での調査はおおむね終了している。具体的には、ゲッティンゲン、ミュンヘン、ハレ・ヴィッテンベルク、ハイデルベルク、ライプツィヒおよびエアランゲン・ニュルンベルクの各大学について、そのことが当てはまる。ただし、ベルリン大学やイエナ大学のように、明治期の日本人留学生一般のことを考察する上で重要ないくつかの大学に関し、まだ調査を行えていない。また、ライプツィヒ大学の場合のように、調査を行った結果、関連史料の多くがもはや残されていないという結果に直面することもある。特にライプツィヒ大学については、同大学で法学博士の学位を得た「学位取得者」の数がゲッティンゲン大学と並んで最も多いだけに、上記の結果からの本研究計画への影響は大きく、計画を進めるうえで多少の方針転換も余儀なくされた(ただし大幅な支障は無い)。 また現状では、24名前後と思われる「学位取得者」の多くについて基本的な情報を入手することができている。だがそのうえで、24名の中には、人物像や経歴に関する史料が日本側にほとんど残されていない鳥居誠哉のような者や、学位取得に関するドイツ側の史料が学位論文自体を含めてこれまで未発掘であった本多康直のような者もみられる。だが、こうした人物についても、2019年度には、特に本多を中心に調査がさらに進んだ。そして前項で述べたように、ドイツ側の史料だけでなく日本側の史料や先行研究に基づく考察も2019年度に一定の進捗をみて、その結果、主として大場茂馬・山岡万之助・岡田庄作らの刑事法系の「学位取得者」と、鳥居誠哉や岸小三郎らの旧大垣藩系の「学位取得者」とに関し、昨年度に比して大幅に理解が深まった。
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今後の研究の推進方策 |
第一に、本書においても繰り返し言及してきたところであるが、明治期の「学位取得者」のドイツにおける活動実態とりわけ学位取得の経緯の研究の進展に比して、留学前・留学後の彼らの日本における活動実態についての研究が進んでいない。それゆえ今後は、むしろ日本(法)史の側からの考察に重点を置く必要がある。ちなみに本研究計画を取り巻く社会的な環境・情勢という観点からいっても、現時点では新型コロナウイルスの影響によって海外渡航が困難になっているため、ドイツでの調査よりも日本での調査を優先的に進めざるを得ないという現実もある(この文脈からいえば、いずれにせよ日本における調査活動の方も大きく制約を受けることになるにせよ、である)。「学位取得者」に対する日本側の視点からの研究としては、「学位取得者」の多くが実務家であるという事実にかんがみて、法曹や官僚としての彼らの帰国後の活動のあり方、特に留学および学位取得が当該人物のその後のキャリアに与えた影響や、彼らがドイツで得た専門知識を現場の実践においてどのように活かしているのかを究明していくことが重要となろう。 第二に、ドイツ側にかかわる研究としては、これまで進めてきたような「学位取得者」の現地における活動それ自体を明らかにする取り組みから、これを前提としてさらに彼らの活動を当時のドイツにおける法学教育・高等教育一般の状況の中に位置づけつつ、より立体的に描き出していく取り組みへと深化させることが求められる。これにかかわっては、ドイツの法学教育の仕組みやその背景にある考え方が、「学位取得者」たちの帰国後の実践や思想の中にどのように反映されているのか(学説の継受のみならず、その基礎にある学問(法学)や大学そのものに関する考え方の継受)、という視点も看過し得ない。 最後に、以上のように研究を進めつつ、計画最終年度として成果の公刊を追求していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
家庭の事情として、現在、2歳の長子の育児をしつつ、さらに2020年2月に出生した次子の育児にも相当の時間を割くこととなり、研究の一部が当初の予定通りに進展せず、経費も予定より限られた範囲でしか執行しなかったという経緯がある。端的には、本来であれば2020年3月にドイツに調査に赴く予定であったところ、上記の家庭の育児のため中止とした(当時の客観的な社会情勢からしても、海外出張を避けることとなっていたであろうが)。この出張分に見込んでいた経費が未使用となったことが、次年度使用額が生じた主要な原因である。 海外出張が困難であろう点については2020年度もおそらく同様であり、また本報告書においてすでに言及している通り、研究遂行の方針としても今後はドイツ側より日本側の史料を活用した研究に重点を移すということがあって、今年度は日本国内での研究活動とりわけ史料・文献の収集に予算を多く用いることとなろう。
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