昨年度は60年代以降のアメリカにおけるヘイトスピーチ規制の歴史を検討した。また,現時点でのアメリカのヘイトスピーチ規制法の全体像を描出するための調査を行った。そして,これまでの研究をとりまとめ,アメリカにおける20世紀に入ってからの規制の流れを整理するとともに,現時点で存在する規制の体系が,どのような経緯で形作られたのかを確認した。結論としては,アメリカではヘイトスピーチが常に大きな社会問題として存在し続けてきたこと,しかし結局は規制反対の声が上回ったり,規制を違憲とする判決が下されたりして,広範な規制は実現しなかったことがわかった。本研究では,その理由として以下のものを明らかにした。ヘイト・スピーチに関する法理が表現の自由を強く保障す る連邦最高裁の法理と調和的に展開してきたこと,市民的自由を擁護し,規制に 強く反対する アメリカ自由人権協会(ACLU) が早くから大きな存在感を示したこと,全米国人地位向上協会(NAACP)やユダヤ系の諸団体等 のマイノリティ系の結社が早々に規制反対に転じたこと,規制反対の国民世論が段階的に形成されたこと等である。他方で,本研究ではアメリカがヘイトスピーチに対処するための代替手段を発展させてきたことにも注目した。すなわち,ハラスメントやヘイトクライムの規制の合憲性を連邦最高裁が早くに確認し,特定人に向けられたヘイトスピーチや職場や学校で敵対的な環境を醸成する差別的発言は,法的に規制できることが明確にされたのである。アメリカは概して表現の自由を尊重し,ヘイトスピーチ規制に慎重だが,こうしたハラスメントやヘイトクライムの規制のほか様々な制約の余地を設けていることも確認した。アメリカのヘイトスピーチに対する特殊・例外的な態度は,こうした歴史と柔軟かつプラグマティックな政策の裏付けがあるということが,本研究により明らかにされた。
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