本研究は、欧州人権裁判所と締約国との間における様々なチャネルを通じた対話の実効性を検討することである。今次変革が著しい欧州人権条約システム、その司法機関たる欧州人権裁判所の機能に対して、対審による争訟管轄のみならず、締約国裁判所に対する諮問機能をも付与されようとしている。 欧州人権条約における組織改編は、第11議定書以降急増する個人申立に対応するため、欧州人権裁判所側の思惑と、締約国側の思惑が交錯する中で試みられた。とりわけ2012年ブライトン宣言以降、第15議定書において現れた欧州人権裁判所システムの補完性原則及び評価の余地論の強調は、欧州人権裁判所の活動に対する締約国側の懸念をしめしたものといえる。 これに対して、欧州人権裁判所は、国内裁判所最高裁長官の招聘を行い、また国内裁判官との間に積極的に「裁判官対話」を行い、欧州人権条約の国内実現に対する働きかけを行ってきた。こうした働きかけによって、国内実情をよく知る国内裁判所において、欧州人権条約の適用が行われ、締約国が懸念する国内事情と欧州人権裁判所判決理由との乖離という問題を解消しようとしてきた。条約実施機関や国際機関が示した国際手続きに関する変遷の中で、各国の憲法的伝統と国内事情を考慮しつつも、欧州人権条約の基準とのバランス、さらには欧州人権裁判所の積極主義的活動に対する制約についての攻防があったことがわかった。欧州人権裁判所が裁判官対話を通じて国内裁判所との間における欧州人権条約の解釈の均質化を図るとともに、他方で国内裁判所の活動を制約しうる立法府へのかかわり方について検討を深めた。
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