研究課題/領域番号 |
17K03419
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研究機関 | 福岡大学 |
研究代表者 |
所 浩代 福岡大学, 法学部, 教授 (40580006)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ペイ・イクイティ / 同一労働同一賃金 / 同一価値労働同一賃金 / 性差別 / 賃金衡平 / 有期雇用 / 短時間雇用 |
研究実績の概要 |
本年度は、カナダ、イギリスの法制度の把握、裁判例の動向分析、各国の法制度の長所・短所の検討を行った。なお本年の前半(2018年4月~8月中旬)を本務校(福岡大学)で上記事項の調査を行い、後半はカナダに拠点を移し、トロント大学法学部(ロースクール)においてVisiting Professorとして研究活動を継続した。 本年度前半の研究は、カナダでの研究活動に備えて、研究に必要な文献・機材の準備、現地でのフィールド調査に備えてカナダの研究者とのアポイントの調整、研究対象国に関する文献の収集・オンラインデータベースを活用して裁判例の状況把握等を行った。 トロント大学に移動してからは、カナダの労働法制の全体像を整理し、連邦法と州法の関係、人口最大州であるオンタリオ州の賃金衡平法の具体的内容、オンタリオ州以外の州での賃金格差是正施策の状況等を検討して、カナダ法の特長を抽出することに努めた。また、トロント大学法学部で開かれるワークショップに参加し、憲法や法哲学の視点から賃金平等規範がどのように理解されているか等について専門家と意見交換を行った。オンタリオ州の人権委員会を訪問し、性差別分野の担当者にインタビューを行い、州のこれまでの取組や関連資料の収集に関するアドバイスを得た。 イギリス研究については、1月にロンドンでの現地調査を行い、労働法研究者、公務員を中心に組織される労働組合の法律顧問(バリスタ)にインタビューし、イギリスの賃金格差是正政策の状況、EU法との関係、EU離脱後の見通し等、文献調査では得られない最新情報を得ることができた。 さらにイギリス調査の後、他のEU諸国の状況や国際情勢の把握を行うため、イタリア・フィレンツェ大学で行われたワークショップとスイス・ジュネーブで行われたILO100周年記念シンポジウムに参加し、会に参加していた各国の研究者と意見交換を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
カナダ法の研究については、概ね順調である。カナダ法に関する文献収集は、労働法制だけでなく憲法、プライバシー法、手続法、ジェンダー法等の文献も収集し、多面的な分析を行うように努めている。また、男女間の賃金格差が生じる要因の一つには、男女のキャリア形成の隔たり(正確には家族責任を担う労働者のキャリア形成の難しさ)があるため、賃金法制だけではなく、出産・育児・介護等に対する休業法制についても整理した。また、トロント大学の研究者からのアドバイスを受けて、オンタリオ州のペイ・イクイティに詳しい専門家へのインタビューを行い、その後も研究交流が続いている。 イギリス法については、EU法の影響に注意しながら、全体像の把握、歴史的経緯、裁判例の状況等を分析している。カナダはイギリス法の影響を強く受けている州(代表はオンタリオ州)と、フランス法の影響を強く受けている州(ケベック州)があるため、イギリス法の研究は、カナダ法の研究を深めるのに非常に有意義である。本年度は、イギリス法とカナダ法との共通点と違いの分析を行ったが、研究最終年度はそれらの研究に加えて、アメリカ法の分析を行い、3国の特長と課題の分析を終了させる予定である。 なお、カナダ・イギリス・アメリカは日本と異なり、正規労働者と非正規労働者の間の賃金格差に関する文献は少ない。賃金格差の問題は、正規対非正規という構図ではなく、男女間、人種間、障害者と障害のない者の間等、差別禁止法制で保護されるグループの問題として論じられることが多い。この点EU法は、日本と同じ問題意識から賃金格差の是正が分析されているので、今後はEU法にも範囲を広げて研究を行う予定である。
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今後の研究の推進方策 |
研究最終年度となる来年度は、前半にアメリカ法研究を行い、後半に3か国と日本との比較法研究を行う。カナダ・トロント大学での在外研究は2019年8月末で終了するため、カナダ滞在中にカナダ国内各州の法制に関する資料を収集・分析する(日本国内ではこの種の資料の収集が難しいため)。また、トロント滞在中に、アメリカの現地調査を終了する予定である(アメリカ・ニューヨークとシラキュースに調査に行く予定)。カナダのブリティシュコロンビア州とケベック州の研究者にもインタビューを依頼する予定である。 これまでの研究において、カナダは、賃金格差の正当性を使用者が自身で検証する仕組みが整備されていることが分かった。これは、法律により使用者に職務評価・賃金検証義務を課し、年次報告書を行政機関に提出させるものであり、使用者は、年次報告書を作成するために、自己の賃金制度を法律が求める視点に沿ってレビューしなければならない。この仕組みは、使用者に潜在化しているジェンダーバイアス等を自己認識させる効果があるものであり、賃金設定システムや賃金格差の透明化にも資する。このような仕組みは、賃金格差の苦情がおきる前に不当な賃金格差を任意に除去させる効果をもつため、プロアクティブ・アプローチと呼ばれて、国際的にも評価されている。今後は、このカナダ発のアプローチの有効性を検証し、イギリス・アメリカにも同様の仕組み等があるかどうか調査を進める。 日本に帰国後は、カナダでの在外研究を含めた成果を、論文にまとめて公表する予定である。論文作成に際しては、研究会で予備的報告を行い他の研究者との意見交換も行う予定である(具体的には、札幌・東京・福岡の研究会にエントリーする予定である)。
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次年度使用額が生じた理由 |
アメリカ調査とカナダ国内調査の実施を、本年度内に終了できなかったため、次年度使用額が生じた。2019年4月以降に、予定していた現地調査を終了させる予定である。
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