本研究は、情報処理や情報通信技術の高度の発展を背景とした、個人に関係する諸情報の取得、蓄積や流通等の容易化、大規模化、またそれゆえのこれら諸情報の著しい高価値化に伴って要請されうる、その不適切な利用等に対する刑事法的保護の具体的な在り方を考察するべく、これら情報保護の場面における刑事規制の理論的基礎やそれに基づく具体的規制の体系や構造等を明らかにすることを試みるものである。3年の研究期間の第2年度であった平成30年度までに、情報関連の最先進技術を有する欧米諸国における私的情報保護を巡る問題や法制度の現状を分析することにより、一定の普遍的な財産的価値を伴う情報(暗号資産等)の刑事法的位置づけの明確化や、それに基づくその刑事法的保護の具体的な在り方の如何が近時の重要な課題となっていることを確認した。これらを踏まえ、本研究の第3年度である令和元年度においては、わが国の現行刑罰法規における、このような情報保護機能を果たしうる犯罪類型であると考えられる不正指令電磁的記録に関する罪(刑法第2編第19章の2)について、その具体的な適用範囲の如何等を考察した。すなわち、本罪は平成23年施行の刑法改正によって新設された犯罪類型であって、現時点ではその適用が認められた裁判例も、したがってまた刑法学説による議論も少なく、これらのゆえもあってか本罪の中核をなす不正指令電磁的記録概念、とりわけ本概念におけるいわゆる反意図要件及び不正性要件の具体的な意義ないし実質に不明確な側面が認められるところ、これら諸要件については、人格的ないし財産的価値のある情報の窃取、流出、改変、毀損等を生じるものではないという信頼を前提に限定的に解釈されるべきこと、このような理解も本罪の社会的法益に対する罪としての性格との間に齟齬を生じるものではないこと等の確認、検討を試みた。その成果の公表の準備も進行中である。
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