研究課題/領域番号 |
17K03447
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
直井 義典 筑波大学, ビジネスサイエンス系, 准教授 (20448343)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 質権 / 流質 / 物上代位 / 信託 |
研究実績の概要 |
本年度は、第1に、担保権の実行がなされるのは債務者の倒産時であることが多いことに鑑み、特に質権の実行方法とりわけ流質の可否に関する民法典成立過程における議論についての研究、第2に、倒産手続において取戻権・別除権が認められる制度として譲渡担保と信託との比較・検討を行った。 第1に関しては、次の点が明らかとなった。明治初期の習慣調査においては流質慣行が不動産・動産を問わず広く認められており、おそらくこれが江戸期の慣行でもあったと考えられる)。しかしながら、ボアソナードは、流質は有害な規定・悪しき慣行と考えており、著書においても流質がなくならないことに対する苛立ちを隠さなかった。これに対して民法典の起草者は粒子慣行を存置するような慰安を行ったものの、法典調査会では反対論も見られた。ここでは、慣行として想定しているのが江戸期の流質慣行なのか、明治期になって導入された流質禁止なのかが明確になっておらず、また、流質が禁止される質権の目的物についても動産なのか不動産なのか議論は必ずしもかみ合っていない。その後、衆議院において再度流質が禁止されることとなったが、民法典の起草者は金融の円滑化等を理由に流質を肯定していた。 第2に関しては、以下のとおりである。従来わが国では譲渡担保の法理を形成するにあたって法定担保物権の法理を参照することが行われてきた。しかし、担保目的での信託が認容されることとなったことから、信託法理を譲渡担保法理に反映させることも考えられてよい。フランスでは担保フィデュシーがまさに譲渡担保法制として用いられているところである。具体的な問題としては、物上代位性や遺言による設定について信託法理が参照されるべきである。従来の担保法学説の中には、譲渡担保における物上代位法理の必要性を所有権移転という形式に即して再考すべきとの見解があったが、信託法理の参照も試みられてよい。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度は、フランスのフィデュシーやわが国の信託法理と担保物権の法理との対比を通じて、債務者倒産時における債権者の共催の範囲を明確にすることを課題としており、上記の第2点においてこの課題に取り組んだ。ここでさらなる課題として浮かび上がったのは、担保目的信託と譲渡担保の区別である。これは、当事者間の明治の合意がない場合における信託の認定の問題でもあり、すでに検討素材とすべき最高裁判決も出されている。また、英米法圏での擬制信託も当事者間での明示的合意を要しないで信託を成立させるものであり、平成31年度の課題に連動している。 また、明治期における流質の可否をめぐる議論は、流質後の受戻の問題とも連動している。明治期には土地の集積が進行したという歴史研究が存するが、流質後の受戻が認められるのであれば、土地の集積と流質とは直結するものではないこととなる。江戸期においては田畑永代売買の禁があるために簡単に断定するわけにはいかないが、債務者の債務不履行状態において、担保権者として一旦は他の債権者に先駆けて債権回収が図られたとしても、その後の受戻が認められるのであれば、担保権者が取得したものは何なのか、特に流質によって担保目的物そのものを取得した場合、そこで得られたものは何なのかがさらなる検討課題として見えてくることとなった。
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今後の研究の推進方策 |
第1に、契約の性質決定という観点から、譲渡担保と担保目的信託とを区別するためのメルクマールを明らかにすること、それと同時に、もしこれらの制度間に効果の差異があるというのであれば、それを正当化するための論拠を明確にすることが次の課題となる。その際、明示の合意に基づかない信託の成立を認めた最高裁判例ならびにそれを否定した最高裁判例を参照しながら、担保目的信託はどのような要件の下で認定されうるのかを明らかにする。英米法における擬制信託の成立要件も参照に値すると考えられる。この問題は、フランスにおいては担保フィデュシーの成立要件が厳格に定められているために生じない問題である。今後、わが国において譲渡担保立法がなされる可能性があるが、譲渡担保の成立要件を厳格に定めた場合に譲渡担保として認定できない契約は信託と認定されることとなるのか、そうだとした場合に信託の効果の定め方によっては譲渡担保の制約を逃れるために信託を利用するような事態も生じる危険があるため、それを防止するための立法論も検討することが必要となる。 第2に、フランスにおいて流質が認められ、わが国においても民法典の起草過程で流質慣行の存在が指摘された流質禁止に対する疑念も見られたことから、流質とは本当に質権設定者にとって不利益なものなのか、清算金の支払さえ確保されるのであれば不利益ではないのかを検討することが課題となる。その際、明治初期の裁判資料を使いながら、質権をめぐる紛争類型を明らかにして、流質による試陳設定者の窮乏というテーゼを描くことが正当なのか否かを明らかにする。これは、さらに時代をさかのぼって江戸期における流質慣行が持った意義を明らかにする作業の前提ともなると考えられる。
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次年度使用額が生じた理由 |
書籍の発行状況・価格による誤差の範囲である。平成31年度にすべて書籍代等として使用する予定である。
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