最終年度は、法令遵守の観点から緊急差止命令を分析した。緊急差止命令は、法令違反行為に対する禁止命令及び停止命令の総称である。分析の対象となる将来の法令違反行為を禁ずる命令は、禁止命令となる。将来の法令違反行為を禁ずる禁止命令の内容は、実質的に、法令遵守を命ずるものとなる 。ここで、禁止命令を受けた者(被申立人)が法令を遵守している事実が、禁止命令の継続についてどのような影響を与えるのか、ということが問題となる。 本研究においては、まず、アメリカにおける差止命令に関する判例法理の分析を参考にして、被申立人の法令遵守やこれに付随する事情が禁止命令の取消しに与える影響について検討した。このような比較法的分析によって、禁止命令の取消事由である「事情の変更」の存否に係るメルクマールを明らかにした。また、自動取引システムの定型性に着目する観点から、自動取引システムを利用した相場操縦の文脈において、どのような事実が上記メルクマールを基礎付ける事実に該当するかも明らかにした。 禁止命令の取消事由である「事情の変更」(非訟事件手続法59条2項但書)の存否については、法令違反行為の再発に係る相当な蓋然性が、その存否のメルクマールとなる。自動取引システムを利用した相場操縦を分析の対象とした。自動取引システムを利用した相場操縦の場合、自動取引システムの設定を変更する又は自動取引システムそのものを廃棄することにより、相場操縦の再発を防止することができる。そのため、自動取引システムの設定変更は、法令違反行為の再発に係る相当な蓋然性を基礎付ける具体的な事実と解される。自動取引システムの設定変更やそれ自体の廃棄は、法令違反行為への物理的不可逆性を基礎付ける事実である。このことから、法令違反行為の再発に係る相当な蓋然性の消滅は、法令違反行為への物理的不可逆性を基礎付ける事実によって評価することができるのである。
|