研究課題/領域番号 |
17K03453
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
宮澤 俊昭 横浜国立大学, 大学院国際社会科学研究院, 教授 (30368279)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 平穏生活権 / 人格権 / 財産権 / 差止め |
研究実績の概要 |
平成30年度においては、平穏生活権をめぐる裁判例の分析に着手した。 下級審裁判例においては、多岐にわたる事案において、平穏生活権ないしそれに類似する構成に基づいて紛争の解決が図られている。例えば、このうち、人格権的構成として位置づけうるものとして、プライバシー侵害(東京地判昭和39年9月28日判時385号12頁(宴のあと事件)等)、暴力団事務所の使用差止め(大阪高判平成5年3月25日判時1469号87頁等)、廃棄物処理場の差止め(仙台地決平成4年2月28日判時1429号109頁等)、バイオハザード施設の差止め(東京高判平成15年9月29日訟月51巻5号1154頁等)等がある。他方、財産権的構成としても位置づけうるものとして、相隣関係的紛争において平穏生活権の所有権的側面を示す裁判例(東京地判平成4年1月28日判タ808号205頁)や、労働組合による法人の本店周辺での街宣活動につき、法人の平穏に営業活動を営む権利を根拠とし、施設管理等の違法な侵害を認定して差止めを認めた裁判例(東京地判平成25年5月23日判タ1416号150頁等)が挙げられる。 平成29年度における研究からも明らかになった通り、従来の議論においては、人格権的構成と位置づけうる裁判例の分析・類型化はかなり進んでおり、生命・身体・健康に直結した平穏生活権と、主観的利益の用保護性を吟味するための平穏生活権という二つの類型があるとの指摘などが示されている。他方、財産権的側面からの分析・類型化はほとんど行われてこなかった。 以上のような議論状況を踏まえて、本年度は、平穏生活権について財産権的に構成したと考えられる下級審裁判例について、その財産権的構成に着目して分析を行った。そして、本年度の研究からは、平穏生活権の財産権的側面に、人格権的側面に対する補完的な位置付けを与えうることが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
前述「研究実績の概要」でも示した通り、平穏生活権の財産権的側面に、人格権的側面に対する補完的な位置付けを与えうることが明らかとなった。相隣関係的紛争において平穏生活権の所有権的側面を示す裁判例は、隣地上の建物の窓から覗かれることや排水パイプから発生する悪臭・騒音が問題となった事案であり、相隣関係についての規範とともに、人格権侵害も合わせて問題となる事案である。他方、法人の平穏に営業活動を営む権利を根拠とした裁判例も、労働組合活動との関係で名誉・信用の毀損が問題となった事例であり、企業経営者等の住居周辺での街宣活動等も合わせて行われている点からは、やはり人格権侵害との連関を見て取ることができる。 以上のような本年度の研究を通じて、さらに検討すべき課題として、次の二つの点があることも明らかとなった。 一つは、平穏生活権の受け皿となる財産権の性質である。例えば、下級審裁判例の中で平穏生活権との関連で論じられている相隣関係に関する規定は、隣地間での騒音や眺望などの人格権的利益の調整を担っているとも捉えうる。この点からすれば、平穏生活権として構成しうる財産権として、人格権的利益との関わりが求められるとも考えられる。このような視点から、下級審裁判例を検討する必要がある。 もう一つは、法人の人格権に関する問題である。そもそも法人に人格権が認められるかという点も問題となりうるが、仮に人格権を認める立場に立った場合においても、「平穏に営業活動活動を営む権利」を人格権に包摂しうるものとして構成するか否かについては議論がありうる。この点について、これまでの下級審裁判例はどのように判断してきているのか、という点からの検討も必要となる。 当初の計画においては、平成30年度における下級審判例の分析から、平成31年度における通時的な分析・検討の基礎を導くものとしていたところ、それを達成することができた。
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今後の研究の推進方策 |
平成31年度は、平成30年度の研究結果から示される課題を踏まえて、下級審裁判例の調査・収集を継続するとともに、収集した下級審裁判例について通時的な分析・検討を行う。従来の学説上の議論では、平穏生活権の人格権的構成を前提とした議論のもとで裁判例が分析されてきた。しかし、平成30年度における研究結果からも明らかな通り、下級審裁判例においては、平穏生活権について、その財産権的な側面の認識されている。そこで、人格権的構成を中心として行われてきた学説上の議論と、財産権的な側面も認めて来た下級審裁判例の展開との関係を明らかにすることを目的として、学説の展開を参照しながら、下級審裁判例を通時的に分析・検討する。 この通時的な分析・検討においては、平成30年度における研究の結果として示された二つの類型を中心にすえる。すなわち、平成30年度における研究結果からは、平穏生活権の財産権的側面を基礎とする下級審裁判例として、相隣関係に関する規定を踏まえた所有権的構成を含める類型と、法人の営業活動において施設の管理という財産権的構成を基礎に置く類型が示された。この二つの類型について、通時的に分析することを通じて、平穏生活権の法的構成の理論的構造を明確にすることを試みるとともに、私法上の権利の生成のあり方を明らかにすることへの寄与も意識において検討を進める。なお、平穏生活権の財産権的側面に限定して分析・検討を行うものではなく、人格権的構成との関係性を明らかにすることも目的に含めた分析・検討を行う。
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次年度使用額が生じた理由 |
学務の都合で海外出張を断念せざるを得ず、代替的に日本で文献を収集することとしたため、計画とは異なる研究費の支出となった。次年度使用額については、海外出張の回数を増やすことはせず、引き続き関連文献の収集のために使用する計画である。
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