本年度は、本研究の全般を総括し、平穏生活権の人格権的側面と財産権的側面の理論的関連を踏まえた法的構成を提示するための研究を行った。 従来の学説上の議論において、平穏生活権の不法行為法上の権利・法益の意味については、①身体権に接続した平穏生活権と、②主観的利益(「個人により異なる」利益と言う意味と「心理的」利益と言う意味を持つ)の受け皿としての平穏生活権が、それぞれあると整理されてきた。しかし、2011年3月に発生した福島原発事故による被害を法的に把握するための概念として提唱された「包括的生活利益としての平穏生活権」においては、財産権的利益をも包含するものであると主張されている。 本研究では、平穏生活権が、下級審裁判例の蓄積を基礎として導かれてきた法的概念であることを基礎として、これまでの議論において重視されてこなかった下級審裁判例について分析・検討を行なってきた。その結果として、平穏生活権には、人格権的側面に加えて、財産権的側面も認められることが明らかとなった。さらに、平穏生活権は、補充的機能と基盤的機能を有することが明らかとなった。補充的機能には、人格権・財産権いずれについても、既存の法理では権利として把握されてこなかった利益について、総合的な考慮のもとに権利性を認めるか否かを判定する場を提供し、その権利性が認められると判断される場合には保護の範囲の拡大を基礎付ける、という意味で人格権・財産権を補充する機能と、人格権と財産権の狭間を埋めるという意味で人格権・財産権を補充する機能が含まれる。他方、基盤的機能とは、人格権的利益・財産権的利益のいずれをも享受する活動そのものを保護法益として把握するという意味で、人格権・財産権を享受する基盤を法的保護の対象とする機能である。
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