研究課題/領域番号 |
17K03463
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
行澤 一人 神戸大学, 法学研究科, 教授 (30210587)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 民事法学 / 会社法 / コーポレートガバナンス / Comply, or Explain / 企業文化 / 自律的メカニズム / 行動科学 / crowd out |
研究実績の概要 |
我が国は、金融庁の指導の下、Comply,or Explain(COE)規整を基軸として、会社経営者‐金融機関‐一般投資家という三つの市場要素を共振させ、インベストメント・チェーンにおける力強い正の循環運動を起こすことで、日本企業に確かな成長トレンドを生み出すというグランドデザインをここ数年間で完成してきたことが観察される。すなわち、①コーポレート・ガバナンス・コードによって「会社経営者」の行動を質的に向上させ、果敢なリスクテイクを可能にする経営環境を整備すること、②そのような目的に資するように、スチュワードシップ・コードにおいて「機関投資家・株主」に会社経営に対する長期的コミットメントを促すこと、③「顧客本位の業務運営に関する原則」を金融機関に浸透させることで「一般投資家」にとって真に魅力的な金融商品を生み出し、「貯蓄から投資へ」の大きな資金のフローを生み出すこと。 しかし、このような成長戦略は、現実との大きなギャップのゆえに、今なお軌道に乗り切れていない。私は、本研究を通じて、その原因の一つが、COE規整それ自身にあるのではないかという着想に至った。英国やEUでは、COE規整の揺り戻しが見られ、むしろ規制強化、ハードロー化の兆候も見られるのであるが、私はむしろ逆にCOE規整自身がその狙いとは裏腹に真に自律的な企業経営変革への動機をcrowd out (疎外している)のではないかと考えるに至ったのである。本研究で見えてきたことは、真に「稼ぐ力」を生み出し得る企業統治改革とは、企業の行動様式や価値観を決定づけるための企業文化とそれを制度内に内面化するための自律的メカニズムを構築することにあり、これを保障し得る法的枠組みを構想することである。本研究では、COE規整がもたらし得る「落とし穴」を行動科学的見地から再検討し、これに代わり得る規整原理を探るところまで至った次第である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
(1)イギリス法においては、COE原則を中心として、企業統治改革に関する文献を広く購入し、最新の動向及び議論状況を調査した。EU法については、ドイツ、フランス等のEU主要国にも目を配りつつ、EU全域における法的ハーモニゼーションという観点からの議論に焦点を当て、英語文献を広く購入し、最新の企業統治改革に係る動向を調査した。とりわけ、EU法と、近時の英国における動向の乖離について、法制面のみならず、政治、経済的な状況にも視野を広げて、議論の状況を整理した。 (2)企業の経済学をはじめ、行動科学、企業倫理などの隣接諸科学における国内外の日本語・英語の文献を広く購入し、現在に至るまで理論的到達点を一通り理解した。また、それらの知見を法学的議論の枠組みの中でどのように用いることができるかという方法論についても考察を進めた。 (3)日本におけるとりわけ最近20年間の会社法もしくは金融法制の動向を大局的に把握するために、時事的な資料も含めて、広く文献を渉猟し、規制原理もしくは思想さらには規制手法の変遷を、法改正の足跡に重ねて、研究した。その結果、かつての行政主導・事前規制型のパターナリスティックな規制原理から、司法主導・事後規制型の個人主義的な市場的原理を経て、とりわけCOE原則をはじめとするネオ・パターナリズム、すなわち行政による間接的主導型官民一体、もしくはチューター的パターナリズムの復権に至る道筋を明らかにすることができた。そして、COE規整をはじめとする同じような規制原理を採用していながら、日本と欧米、そしてイギリスとその他EU諸国との間で、なぜ運用上のニュアンスもしくは評価軸の相違が生じてくるのか、という点についても、法学的な枠組みだけでなく、政治、経済、歴史的な背景に目配りしつつ効果的に検討し得る議論の視角について考察を進めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題について一年目に到達し得た地点に立って、それぞれ新たに課題として浮かび上がってきた問題点に焦点を当てて、研究を進めていく予定である。 (1)COE規整が、真に有益かつ必要なコーポレートガバナンス改革への志向性をクラウドアウト(疎外)してしまう仕組みについて、社会的ジレンマ実験等その他経済学理論をより詳細に理解するべく、さらに専門的文献を渉猟し、研究を進める。 (2)企業経済学や労働経済学、企業倫理、行動科学などについて既に得た知識をもとに、COE原則に代わり得る新たな規制原理ないし手法の可能性について考察を進めつつ、企業内における自律的な企業改革への動機をビルトインし得るような制度設計に対して、法学的議論の枠組みにおいてどのような貢献をなし得るのかについて研究を進める。 (3)特に企業不祥事に対処するという観点から、代理コストの抑制に関する従来の規制手法である忠実義務(信認義務)規整、資本市場による規律やメインバンク等によるモニタリングに加えて、近年、企業内部における自律的なメカニズムとして従業員らによる「静かな声(voice)」-やる気の低下-の有効性を指摘する研究成果が著されており、この従業員を企業価値の創造や生産性向上へと真に動機づけるメカニズムをさらに研究する。 (4)経営者による大胆なリスクテイクや企業再編等に係る経営判断の質を高めるための自律的なガバナンスのフレームワークとして上級役員(senior officer)を含む経営者相互の規律付けの有効性が指摘されている。従来のモニタリング・ボードのCEOに対する独立性を重視してきた実証研究が必ずしも企業業績との相関関係を見出し得なかったことに鑑み、マネージング・ボードないし経営陣内部において機能するどのようなダイナミクスが自律的なディシプリンに対して有意味であり得るのかについて、さらに研究を深める。
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次年度使用額が生じた理由 |
必ずしも急を要しない事務用品の購入のために当てた予算が、当該額分の残金として生じる結果となった。当該額については、本年度、事務経費として改めて執行する予定である。
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