2019年6月に、経済産業省より、「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下、「指針」という)が公表された。指針は、M&A契約を含め、今後の日本のM&A法制の在り方に大きな影響を与えるものであるので、指針の検討を行った。日本の実体法は、MBOや支配株主による少数株主の締出し(以下、「締出取引」という)など、構造的な利益相反のあるM&A取引において、対価の公正性を確保するための仕組みが弱く、一般株主の保護は事後的な個別の価格決定の裁判に委ねられている。指針は、様々な実務上の手続的な措置を提案し、M&A取引の当事者がそれを用いることで、日本の実体法の不足部分を補い、一般株主の保護のレベルの向上を図るために作成された。指針の意図が実現するには、指針の提案する措置が、日本の実体法の不足部分を適切に補い、対価の公正性を確保するのに十分な措置となっている必要がある。本年度は、指針の提案する措置がそのようなものであるかを検討した。指針は、MBOについては、適切に機能しうる措置が提案しているといえるが、締出取引については、そうではないと思われる。締出取引の場合は、対象会社の取締役が議決権を背景に支配株主に支配されていることが問題であるが、指針の提案は、対象会社の取締役(独立取締役)の努力によって対価の公正性を確保しようとするものであり、構造的に無理がある提案内容となっているからである。独立取締役に、支配株主の利益相反をコントロールする役割を期待するのであれば、法による支援が必要であると思われる。支配株主に少数株主に対する信認義務(忠実義務)を課すことで、直接支配株主に法的コントロールを及ぼしたり、支配株主に選任・解任されるのではない独立取締役(少数株主が選任・解任する独立取締役)を設けたりするなど、独立取締役を支援する制度の導入を図るべきである。
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