本研究の目的は、文化を扱う国際機構であるユネスコの遺産プログラムが直面する課題を明らかにすることである。とくに、ユネスコの「世界の記憶」プログラムにおいて「南京虐殺文書」「慰安婦資料」などが遺産登録されることの是非をめぐって起こった東アジアにおける論争をとりあげ、文化遺産の政治問題化の解明を試みた。本研究の遂行によって明らかになったのは、ユネスコ遺産プログラムの政治化問題の根底には、ソフトパワーの源泉でもある文化遺産の社会的性質、主権国家の関与を制御するユネスコ・プログラムの制度、そして、東アジア諸国による積極的な文化外交があるという点である。 3年目にあたる本年度においては、英語の国際学術雑誌において査読付き論文を1本、そして、共著の形で日本語の論文を1本公刊した。これらは、平成29―30年度にかけてユネスコ関係者や文化遺産の専門家などから収集した情報をもとに執筆したものであり、研究報告や研究会での成果物と言える。また、これに関連 して、九州大学とシンガポール南洋工科大学・国立教育院が主催した戦争の歴史と文化遺産にかかわる国際シンポジウムにも参加し、研究成果を広く公表した。 また、「世界の記憶」の発足にかかわった人々が執筆したこのプログラムに関する初めての共著が本年度に出版されたが、この本に関して理論と実践の双方を踏まえた上で執筆した英文の書評が遺産研究の分野において主流の国際学術雑誌において掲載された。
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