従来のセキュリティ・ガヴァナンス研究は、西欧諸国を念頭に概念構築を行ってきたがゆえに歪みがある。本研究の目的は、そうした歪みゆえに見落としている現状に目を向けることにあった。研究開始後、ミャンマー、インドネシアでの現地調査や、アフガニスタンなどの専門家との意見交換を行いつつ研究を進めた。最終年度には、コロナ下で2020,2021年度と実施できなかったフィリピンにおける現地調査を漸く実施できた。フィリピン調査では、正規の軍ではない、警察や私兵、あるいは軍(政府)の主張に賛同する一般市民が、安全保障活動に参加している状況が確認できた。ただし、そこでは、安全保障政策における政府と非政府組織の協働というポジティブな側面以上に、非政府組織が法に基づかず、私刑をおこなうといった暴走が多く観察された。同様の傾向は、インドネシアでも観察されている。 本研究を通して、西欧型セキュリティ・ガヴァナンス概念でとらえられていなかった、多様な、時にネガティブな要素の多い、政府と非政府組織の協働の態様を浮き彫りにすることができた。また、当初想定していたのと異なり、政府機構がしっかりとしている近代国家においても、必ずしも政府が安全保障政策を独占していない状況が発見された。とりわけ、権威主義的要素がつよい政府の場合、むしろ、政府が直接手を下しにくい安全保障上の問題への対応を、非政府組織を「活用」しようとする傾向が観察された。例えば、フィリピンでは、政府が進めるプロジェクトの障壁となる市民団体や人権派弁護士を、国家の敵と認識されている「共産主義者」とレッテルを張ることで、一般市民や私的団体が「勝手」に「私刑」をする状況を作り出していた。法を逸脱する行為を、安全保障の名のもとに「非公式」な協働によって行う行為、という新たな発見も加え、セキュリティガヴァナンス概念の地平をさらに拡大することに成功した。
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