本研究の最終目的は、日本において金融政策が所得及び消費格差にどのような影響を与えたかを実証的に分析すると共に、発見した事実と整合的な動学的一般均衡モデルを構築して、政策的含意を得ることにある。これまでの研究から明らかになったことは以下の通りである。(1) 予期されない金融政策ショック(金利の低下)は経済格差、特に勤労世帯の給与所得を上昇される事を時系列分析から明らかにした。(2) しかし、金融政策が経済格差に与える影響力は近年、弱まってきている。(3) ただし、ゼロ金利政策の時期から急激に影響力が消えたというエビデンスはなく、むしろ徐々に影響力が減少してきているように見える。そのため、ゼロ金利政策そのものが金融政策が格差に与えるチャネルを変えているのではなく、もっと連続的な日本経済の環境変化が要因であると考えられる。(4) 金融政策が消費ではなく給与所得に影響を与えている事から、労働市場の不完全性が変わった事が原因の一つであると考えられることから、ニューケインジアンモデルを用いて分析を行った。価格粘着性が存在していて、その粘着性の程度がセクター間によって違いがある場合、金融政策ショックはそれぞれのセクターの利益及び賃金に異なる影響を及ぼす。その結果として、利子率の変化は賃金格差を作り出す。一方、消費の平準化があるため、消費格差は賃金格差ほど大きくならない。これらの理論的説明は実際に「家計調査」を用いて観察された事実と整合的であることが確認された。 本研究では動学的一般均衡モデルのターゲットとなる様々な実証的事実が必要になることから「家計調査」及び「全国消費実態調査」を用いて、1980年代以降の格差に関するファクト整理も行った。ファクトはモデルと独立して様々な研究者から注目され、論文の引用や提供したデータセットのダウンロードが累計で100件を超すなど、多方面で活用されている。
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