研究課題/領域番号 |
17K03640
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
武藤 秀太郎 新潟大学, 人文社会・教育科学系, 准教授 (10612913)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 大正デモクラシー / 五四運動 |
研究実績の概要 |
2017年度は、研究課題である近代日本における経済学の受容と日本知識人について、2017年6月10日におこなわれた日本経済思想史学会第28回大会の基調講演で、報告をおこなった。報告タイトルは、「堀江帰一と吉野作造 ―中国との関わりを中心に」である。 金融、財政から貿易、労働組合、女性労働まで、経済全般をはばひろく縦横に論じた堀江帰一(1876-1927)。堀江の業績を調べてみると、彼が2度目の欧米留学から帰国した1910年から亡くなるまでの間、新聞や総合雑誌、紀要に寄稿した論説、書きおろしの単行本など、膨大な量にのぼることが分かる。単著も51年の生涯で40冊あまりにのぼる。 堀江の名は当時、日本の社会科学的知見に関心をはらっていた中国のアカデミズムでもひろく知られていた。たとえば、高希聖ら編『社会科学大詞典』(1929)では、堀江は福田徳三、土方成美とならぶ、「日本三大資産階級経済学家」として位置づけられている。とくに、『銀行論』は多くの版を重ね、当時の中国における代表的な銀行学関連書の1つと目されている。「民本主義」を基礎とした吉野作造の政治的主張も、中国人留学生らの注目をあつめ、多くの著作が中国語に翻訳、紹介された。この大報告では、このように大正デモクラットとして連携しあった堀江と吉野の関係を、おもに中国との関わりから検討をおこなったものである。 本年度はまた、2017年9月16日に中国の山東師範大学でおこなわれた国際シンポジウム「第五届日本学高端論壇」にて、「論中日両国 “商戦” 論的淵源」というタイトルで、日本と中国の商業観について報告をおこなった。さらに、1917年11月24日に台湾の高雄大学でおこなわれた国際シンポジウム「第五屆東亜語文社会国際研討会」にて、「論近代中日両国商業教育的理念」というタイトルで、日中両国の商業教育について比較検討をおこなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2017年度の「研究計画」として、「福田徳三が説いた経済学説や時事評論が、中国人にどのように解釈、翻訳され、その後の中国における経済学の展開に影響をおよぼしたのかを考察する」というテーマをかかげたが、これまで順調に進展していると考える。 日本経済思想史学会大会でおこなった報告では、堀江帰一の経済学説が中国人におよぼした影響について考察した。この堀江は、福田徳三と慶應義塾での同僚であった。二人のもとで、多くの中国人留学生が学んでいる。たとえば、民国期の中国銀行業界の領袖である張公権は、堀江と福田を指導教授とし、銀行・金融について学んでいた。報告はあくまで堀江がメインであったが、福田についてもほりさげて分析をおこなった。 山東師範大学と高雄大学でおこなった中国語での報告でも、福田徳三が関わった商業教育と中国との関わりについて比較検討をおこない、現地の研究者とも活発な意見交換を交わした。 これらの学会講演、国際シンポジウムでの報告を通じ、「研究の目的」は十分に達せられたと考える。
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今後の研究の推進方策 |
2018年度は、「研究計画」に示したとおりに、『新約聖書』にみられる絶対的利他主義に向き合った河上肇 の著作が、李大釗をはじめとする中国人にどのようにうけとめられ、解釈されていったかを考察してゆく。また、2017年に学会および国際シンポジウムで報告した内容を、論文にまとめ、学術誌に投稿したい。 河上の生涯にわたる著作としては、1980年代に岩波書店から刊行された『河上肇全集』(全36巻)がある。この別巻には、 詳細な年譜、著作年表も付されている。だが、申請者によるこれまでの調査でも、見落とされた河上の中国語訳 記事や、河上の主張を明らかに参考としたと考えられる中国人の論説が確認できる。そこでまず、河上のもとで 学んだ中国人留学生を中心に、彼らの著作を読みなおしたりし、河上の著作が中国に受容された全体像を浮かび上がらせる。 「人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ」。河上がこの『新約聖書』の一節に衝撃をうけ、社会的にどう 実践してゆくかという課題に終生とりくんだのに対し、李大釗は同じ箇所にふれ、帝国主義国家が自らの支配を 甘受させるためのデマゴギーにすぎないと批判していた。当然ながら、キリスト教を基礎とした河上の問題意識 は、彼の著作を通じてマルクス主義を受容した李大釗に、そのままうけつがれなかったと考えられる。この問題 について、李大釗の著作を改めて精査し、河上の主張のいかなる部分がうけいれられ、あるいは無視されたのかを考察する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
国内調査を予定していたものの、日程の都合がつかず、実行にいたらなかった。この次年度使用額分は、その調査費にあてる予定である。
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