研究実績の概要 |
本研究の目的は、両大戦間期イギリスにおける女性労働者組織、とくに1874年に設立されて半世紀の間その中心的存在であった「女性労働組合連盟(WTUL)」の歴史に焦点を当てて当時のジェンダー平等思想と公私の狭間に置かれた女性労働者の姿を描き出すことである。 WTULが活動した時代である19世紀末から20世紀初頭は「効率性の時代」(G.R.Searle,1971)と呼ばれている。当時のイギリスでは、ボーア戦争時の志願兵検査における多数の不健康な若者の発見、出生率の低下と高い乳幼児死亡率などの「退化」が社会問題となった。そして将来世代への不安や「帝国」の維持の観点から、国民大衆の人口増大と環境改善に向けた「国民効率性運動」が拡がりを見せた。そのような背景のもとで、慈善運動を母体とした、エレノア・ラスボーンによる「家族手当」構想が登場する。その一方、働く女性たち、とくに労働者階級女性たちは、19世紀末不況における実質賃金低下のもとで、苦汗労働と母性の狭間におかれる。それは次のような論理で男女平等賃金を要求する。つまり、女性の低賃金は男性の「家族賃金」を破壊する。男性の仕事を奪う循環を断ち切るためには男女の賃金を同等にする以外に道はない。 こうして、20世紀初頭の女性労働運動における男女平等賃金の要求と「家族手当」運動の連携は2つの論理に支えられている。一つは、「家族イデオロギー」思想であり、もう一つは、その思想を通した公私二分法の複雑な関係である。つまり20世紀初頭イギリスの女性労働組合運動は、一方で男女賃金を要求しながら、他方で「家族手当」の実現によって母性の維持を主張する。それはフェミニズム思想における普遍的テーマである、「平等」と「差異」の調和を求めるものである。
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