研究課題/領域番号 |
17K03782
|
研究機関 | 南山大学 |
研究代表者 |
水落 正明 南山大学, 総合政策学部, 教授 (50432034)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 退職 / 身体的健康 / 精神的健康 / 労働時間 / 社会参加活動 / 処置効果 |
研究実績の概要 |
わが国は超高齢社会の到来を迎えつつあり、医療財政の持続可能性を高めるためには、高齢者の健康状態を適切に予測、コントロールする必要がある。そこで本研究は、退職が高齢者の健康状態に与える影響について、それまでの働き方や地域・家族との関わりによってどのように異なるのかを明らかにする。 この研究目的のため、厚生労働省が実施している「中高年者縦断調査」の個票情報を利用して実証分析を行った。推定にあたって、退職行動は健康状態と内生的な関係にあり、通常の推定方法では、偏った結果が得られてしまうことが知られている。そこで、研究初年度の分析では、退職行動について処置効果推定を行うことで内生性をコントロールし、退職が健康に与える影響について正確な推定値を得ようと試みた。また、観察開始時点の週あたり労働時間40時間の前後、社会参加活動の種類が3の前後でそれぞれサンプルを分けて推定を行った。従属変数として身体的健康としてADLを、精神的健康としてK6を用いた。 処置効果推定による推定の結果、以下の結果が得られている。第一に、退職はADLおよびK6を悪化させ、これは男女双方で確認された。第二に、退職がADLに与える負の影響は、労働時間が少ないグループ、社会参加活動が少ないグループのほうが大きく、これも男女双方で確認された。第三に、退職がK6に与える負の影響については、女性では労働時間が長いグループ、社会参加活動が少ないグループのほうが小さく、仮説とは逆となっている。男性については、ADLと同様に仮説通りの結果となっている。 現在の分析結果からは、特に男性においては、退職前に労働時間が多い場合、退職後の生活に適応するのが難しく、身体的・精神的に状態が悪化することがわかった。このことからも、男性は退職前の仕事中心の生活から日常生活や社会参加を視野にいれた生活に移行しておくことが重要であることを意味している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究開始初年度の計画と進捗は以下の通り。 (1)「中高年者縦断調査」の利用申請および入手とデータ構築(平成29年4~10月)本研究で主として利用する「中高年者縦断調査」は、統計法第33条に基づく調査票情報の提供を通じて、厚生労働省から入手する必要があった。こうした政府統計の個票情報に関しては、利用申請からデータ入手まで一定の時間が必要となるが、研究代表者は平成24年度に、同省が行っている「21世紀成年者縦断調査」の申請手続きおよびデータ入手を経験していたため、順調に申請手続きを進め、予定通り8月にデータを入手することができた。 (2)データセットの構築と退職前後における仕事、地域社会・家族との関わりの変化のパネル分析(平成29年10月~平成30年3月)想定どおりデータを入手することができ、その後、個票情報を分析に使用できるように整備した。縦断調査については、調査年ごとに質問票の選択肢が異なっている場合があり、その部分について統一的なコーディングを行い、公表データとの比較を行った。データセットの構築を済ませた後、退職前における仕事、地域・家族との関わりの違いが、退職がその後の健康に与える影響にどのような差異を生み出すのか、試験的な推定を行った。まだ完成レベルの分析ではないが、2018年6月にブリュッセルで開催される欧州人口会議(EPC2018)にエントリーし、口頭発表の機会を得ることができた(採択率は約3割)。 (3)学会での資料収集と研究会の開催(平成29年4月~平成30年3月)研究初年度は、まだ公表すべき成果が少ないため、分析作業の準備と同時に、関連する資料収集も主要な活動であった。そこで国内学会として、日本人口学会(仙台、2017年6月10-11日)に参加し、資料収集および関連研究者と情報交換を行ことができた。研究会については関連研究者の都合がつかず来年度に行うこととした。
|
今後の研究の推進方策 |
研究の進捗は計画通りであるため、大きな変更はないが、より貢献度の高い研究にしていくため、平成30年度以降は以下のように進めていく。 研究初年度に構築した「中高年者縦断調査」のデータセットを使い、退職前における仕事、地域・家族との関わり方が、その後の健康状態に与える影響について、詳細なパネル分析を行う。特に労働時間の長短や地域活動への参加の多寡などに注目した分析を行う。また、アウトカムである健康状態については主観的健康や精神的健康、ADL、実際にどのような病気にかかっているかなどの情報を利用することを検討している。どのようなアウトカムが退職の効果を測定する上で適切なのかについては関連する専門家と相談しながら進める。 研究のレベルを高めるためには分析結果に対する第三者による評価が不可欠である。そこで既に口頭発表に採択されている欧州人口会議(ブリュッセル、2018年6月6-9日)で報告を行うほか、医療経済学会(東京、2018年9月1日)、米国人口学会(オースティン、2019年4月11-13日)、米国老年学会(オースティン、11月13-16日)などにエントリーし、できるだけ多くの国内的・国際的な視点からの評価を受ける計画である。成果報告を行っていく課程で、一定の成果が出た場合には、査読付き学術雑誌への投稿を行うほか、南山大学のワーキング・ペーパー等で広く公開していく。 最終年度には、研究活動を通して面識を得た関連分野の研究者を招いての総括的な研究会等を行う計画である。可能であれば、海外からも研究者を招待し、国内学会でセッションを設け、本研究への評価を行ってもらう。こうした活動によって研究ネットワークを構築し、さらなる研究活動への基盤としたいと考えている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
国際学会として米国老年学会(シアトル、2017年10月22-25日)に参加し、情報収集を行う予定であり、その出張旅費としての予算を確保していた。しかしながら、本研究の申請段階では予測できなかったこととして、研究初年度に所属学部の役職に就くことになり、学会大会の開催期間中に国外出張をすることができなくなった。そのため、次年度使用額が生じた。この次年度使用額については、同じく米国老年学会(ボストン、2018年11月14-18日)への情報収集のための出張旅費として使用する計画である。
|