研究課題/領域番号 |
17K03854
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
崔 在東 慶應義塾大学, 経済学部(三田), 教授 (10292856)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ソ連邦 / 国家火災保険 / 火事 / 放火 / ネップ / 集団化 / ボルシェビキ |
研究実績の概要 |
1917年ロシア革命後のソ連邦農村社会では火事が大量に発生していたが、今まで全く注目されてこなかった。出火件数は、革命前のピークに達していた1909-1911年のレベルをはるかに上回るものであった。ネップへの政策転換と同時に国家火災保険が新たに農村部にも強制的に導入されると同時に、出火件数は再び急増しはじめた。ネップ期の出火件数は1923年から持続的に増加し、集団化開始直前の1928年には革命までのピーク期のそれを1.5倍も上回る規模に達していた。出火原因においても「放火」が最も多く、その割合は3-4割を占めていた。それに大半が放火と密接な関係のあった「原因不明」を合わせると、6-7割になっていた。放火の主な原因は経済的問題であり、不作と災害による経済困難が生じた時期あるいは地域においてとりわけ出火件数が急増していた。1929年と1930年の集団化期においては1928年の出火件数をはるかに上回る規模で火事が発生し、大飢饉の1931年と1932年と1933年においてもネップ期全体の平均規模に等しい火事が発生していた。出火原因においても「放火」と「原因不明」が同様に大半を占めていた。放火の原因の中に占める「階級対立」の割合が極めて低く、大半は農民の日常的係争から発生していたことである。ところで、1934年以降においても出火件数は下火になることなく、1934年から第2次世界大戦の勃発の1941年まではネップ期の平均規模に等しかった。同様に出火原因の大半は「放火」であった。革命後のボリシェビキ政権の国家火災保険の政策と密接な関係を有していた。保険料の減免措置を取り続ける一方、強制基本保険の割合でも保険金額の80-100%まで補償が行われた。一方、国家火災保険は持続的な黒字を記録し、収益の4-5割が国家財政の源泉として用いられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度の平成29年度の研究課題であるソ連邦農村社会における火事・放火と国家火災保険に関連する史料を調査・収集するために2回に渡ってロシアのモスクワとペテルブルグに出かけた。その際に次年度の研究課題である家畜の死亡・屠殺と家畜保険についての史料も調査・収集した。1年目の研究課題についての史料整理、表およびグラフの作成などを終え、目下論文の執筆に取り掛かり始めている。本研究の課題である国家保険事業については今まで全く注目されなかったものの、革命後の1920年代と30年代の農民および農村社会については従来膨大な研究が蓄積されてある。論文の執筆の際には新たに発掘した史料の整理および利用だけでなく、当然ながら既存の研究史およびそれまで主に使われてきた史料との対話が必要となる。従来の研究史で用いられていた史料に関しても2回に渡るロシアへの史料調査の際に調査・収集を行ってきたが、それらも整理し、農民保険事業との関連性を新たに見出すことが必要である。この課題は当初予定されていたものの、論文の執筆と並行に解決しなければならない。今までの研究史の中では火事とりわけ放火は反ソビエト行為や運動の一環としてしか理解されてこなかった。史料上においても農村の秘密警察や村ソビエトおよび村コムニストによってスターリンをはじめとするソ連共産党とソビエト政府宛に作成されていたほとんどの報告書では犯罪および反ソビエトテロルとしてだけ取り上げられていた。火事や放火の火災保険との関連性はほとんど当時の農村活動家達によって全く注目されていなかった。このように、2回に渡るロシアへの史料調査を通じて初めて発掘し収集してきた火災保険関連史料と従来用いられてきた史料とのギャップを浮き彫りにすることが可能になったため、「おおむね順調に進展している」と判断される。
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今後の研究の推進方策 |
まず、1年目の研究課題についての論文を可能であれば2018年度内に欧米の学会雑誌に投稿する計画である。次に、2年目の研究課題である家畜の死亡・屠殺と国家家畜保険について収集してきた史料を整理する一方、2018年7月から9月にかけてロシアのモスクワとペテルブルグの複数の国立公文書館と図書館で関連史料をさらに調査・収集する予定である。1年目の課題と同様に従来全く注目されてこなかったが、この課題についても既存の研究史との対抗と対話が必要である。馬・牛・豚と羊などの家畜の激減はとりわけ集団化と関連して注目されてきたものの、家畜保険との関連性は全く注目されていないため、家畜保険関連史料だけでなく、家畜全般の変動、人間のための穀物の強制的供出と家畜の飼育のための飼料との関連性などについての史料も調査収集することが必要である。ついでに可能であれば3年目の研究課題である作物の不作と作物保険についての史料も調査・収集する。ロシアから戻ってからは、史料の整理と表およびグラフの作成などに取り掛かり、できるだけ早い段階で論文の執筆に取り掛かり、2019年には欧米の学会誌に投稿できるようにする。3年目の研究課題である作物保険とソ連邦国家保険の全体的まとめに関しても、同様に2019年の夏にロシアの複数の国立公文書館と国立図書館において史料の調査・収集を行わなければならない。ロシアから戻ってからは同様に史料の整理と論文の執筆に取り掛かる予定である。
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