本研究は日本の敗戦直後の復興期(昭和20年代)において、失業者が多数存在していたにも関わらず、失業率統計においては完全雇用状態が継続していたという事実の原因を明らかにすることを課題とした。従来、両者の乖離の原因については、失業統計の不十分性や意図的な操作が原因であると言われることが多かったが、本研究は当時の人々の働き方、失業者救済政策、失業統計の仕組み等を多面的に検討して以下のような別の結論を得た。 第一に、戦前期の日本の失業統計では会社員が失業して日雇をしつつ職を探していれば失業者にカウントされたのに対して、占領期にはアメリカの失業統計の方式であった「調査日前1週間に少しでも働いた人は就業者」とする方式が強制されたために、日雇形態で働いている人はすべて失業者とされないことになり、それだけ失業率は低下したのである。 第二に、経過的に失業を経験する人々(典型的には復員者・引揚者・旧軍需工場解雇者)のうちで再雇用されない人々が自営業部門に従事する傾向が極めて強かったことである。この点では失業者が農村の親元で農業に従事したことが先行研究では重視されているが、それだけではなくヤミ流通業者等のサービス業への参入障壁が極めて低くなっていたことが重要である。統制経済の下で流通部門の就業者が政策的に制限されていたため、物資の円滑な流通のためには、非合法のヤミ流通が商業部門、製造小売部門等で広範に生じざるをえなかったのである。 第三に、失業者を土木事業で日雇形態で一時的に雇用する政府の失業救済事業が統計的な失業者数を大幅に減らす効果を持ったことである。政府が提供できる就業機会は限られていたので、一人の日雇労働者が7日間職を与えられるのではなく、7日間を3人で分け合うといった交替就労方式が採用され、一人分の仕事で3人が失業者ではなくなったという働き方がとられざるをえなかったのである。
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