研究課題/領域番号 |
17K04044
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
福川 裕徳 一橋大学, 大学院経営管理研究科, 教授 (80315217)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | ゴーイング・コンサーン情報 / ナラティブ・ディスクロージャー / 非監査情報への監査人の関与 |
研究実績の概要 |
本研究は、ゴーイング・コンサーン(GC)情報の開示とその質の確保のための望ましい制度の在り方を探求することを目的として、(1)GC 情報の開示をより充実させるためには、経営者に一定の裁量を認め自発的な開示を促すほうがよいのか、それとも開示を強制し監査の対象とするほうがよいのか、および、(2)監査の対象とはならない裁量的な開示に対しても監査人は一定の関与を行っているのか、行っているとするとその関与は監査人個人の諸属性によって異なっているのかどうか、を実証的に解明することを目的としている。 日本における2009年の制度変更は上記の問題を探求する上で格好のセッティングを提供している。すなわち、2009年の制度改正以前は、「重要な疑義」が存在する場合に、経営者はそれについて注記で開示し、監査人はその適否を監査するととともに監査報告書に追記するという対応をとっていた。それに対して、2009年の制度改正後は、財務諸表での注記での開示および監査人の追記情報での対応が求められるのは(経営者の対応によっても重要な疑義が解消されず)「重要な不確実性」が認められる場合とされ、「重要な疑義」は、監査(監査人による対応)の対象とはならない(有価証券報告書の)他の区分での開示が求められることとなった。 平成30年度は、平成29年度までに構築したデータセットを用いながら分析モデルの精緻化を行った。具体的には、まず、ゴーイング・コンサーン問題に関する監査領域の多くの先行研究において用いられている回帰モデルを用いた分析を行った。しかし、2009年の制度改正前後の比較を行うことを主眼とする本研究には、この典型的なモデルは必ずしも適切ではないことが判明し、経営者によるゴーイング・コンサーン情報の「変化」を、それに影響を与えると考えられる要因の「変化」で説明する新たなモデルを構築した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、おおむね計画通りに進捗している。平成30年度は、平成29年度までに構築したデータセットを用いながら、分析モデルの精緻化に取り組んだ。 これまでに行われている、ゴーイング・コンサーン問題に関する多くの監査研究では、GC情報の開示の有無を被説明変数とし、それに影響を与えると考えられる(財務指標を含めた)さまざまな要因を説明変数とするロジット回帰モデルあるいはプロビット回帰モデルが採用されてきた。当初、この典型的なモデルを用いて分析を進めていたが、関連する文献の検討および国内外の研究者とのディスカッションを通じて、このモデルが、2009年度に制度が改正された日本の状況を利用してその前後比較を行うことを主眼とする本研究にとっては必ずしも適切ではないと認識するに至った。 そこで、いくつかの点で、分析モデルの精緻化を図った。第一に、被説明変数をGC情報の有無とするのではなく、GC情報の変化とすることとした。これは、単にGC情報の「開示なし(あり)」から「開示なし(あり)」への変化だけではなく、開示されるGC情報の変化も対象にしている。これにより、GC情報の定量的な側面だけでなく、定性的な側面も分析対象とすることも可能となる。第二に、被説明変数を変更したことに対応して、説明変数についてもその水準ではなく変化を測定することとした。第三に、監査人の属性として、監査報告書に署名する担当パートナーの経験年数、過年度・今年度に担当した被監査会社数、業界への精通度などの変数を、説明変数としてモデルに新たに加えることとした。これにより、監査対象とはなっていない開示情報に対して、監査人が関与しているのかどうか、関与が見られるとすればそれは監査人の属性によってどのように異なるのかを明らかにすることが可能となる。 この分析モデルの精緻化は、本研究にとっての中核的作業を構成するものである。
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今後の研究の推進方策 |
平成31年度においては、まず、2017年度および2018年度のデータを追加してデータセットのアップデートを行う。その作業には、有価証券報告書に開示されたGC情報の収集・整理、財務数値に関連するデータの関連データベースからの収集、監査人に関するデータの関連データベースからの収集・加工が含まれる。 続いて、平成30年度において精緻化を図った分析モデルと、アップデートされたデータセットを用いて分析作業を進める。ここでは、GC情報の開示の有無といった定量的な指標だけでなく、開示情報そのもの(の変化)を分析対象とする点で、これまでに行われてきた研究とは一線を画するものである。 GC問題に関する開示について、有無を識別することは容易であるが、開示の量と質については慎重な検討が必要である。開示の量は、文字数、文数などによって測定可能ではあるが、開示がどこで行われるか(財務諸表の注記、事業等のリスク、財政状態及び経営成績の分析)によってそれが持つ意味は異なりうる。したがって、異なる場所でなされた開示の量を単純に比較することはできない。また、開示の質については、GC問題を巡る状況やそれに対する経営者の対応がどのように開示されているかを考慮に入れる必要がある。これまで、GC情報開示の質をどのように定量化するかについて検討を重ねてきたが、質そのものを測定するのではなく、開示の変化を識別することでその質の変化を測定することが可能になると考えている。 なお、特定の監査パートナーが提供する監査の質は、当該個人の諸属性だけでなく、監査チームを構成する他の監査パートナーによっても影響されることが明らかにされていることから、こうした個人間の関係性も考慮に入れ、個人レベルでの分析に加えて監査チームレベルでの分析も行うことを予定しているが、この点についてはさらなる検討が必要である。
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次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度において、データベースの購入と国際学会出席のための海外旅費に関連して、次年度への繰り延べが生じていた。このうち、一部データベースに関連しては平成30年度に購入したものの、当初予定していたよりも低い価格での購入となった。また、国際学会への出席に関しては、必要と判断した活動は行ったが、平成29年度からの繰り延べ分を全額使用するには至らなかった。これについては、今年度において、さらなる学会参加を行うよりも、平成31年度において、研究成果の発表のための旅費に充てるほうがより効果的であるとの判断に基づいている。
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