研究課題/領域番号 |
17K04050
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研究機関 | 滋賀大学 |
研究代表者 |
野田 昭宏 滋賀大学, 経済学部, 教授 (40350235)
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研究分担者 |
大西 靖 関西大学, 会計研究科, 教授 (80412120)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 社会的責任投資会計 / 会計報告 / 裁量的会計報告 / CSR情報の開示 / CSR投資の形成 |
研究実績の概要 |
本研究は,環境経営における経営者の意思決定をコントロールするために有効な会計報告制度の設計へ展開する基盤を確立することを意図して,経営者の環境会計報告における決定プロセスをモデル化し,環境会計システムが及ぼす影響を分析することを目的とする。本年度は,(1) 計画初年度~3年度の研究成果の公表に取り組むととともに,(2) 過年度に分析したモデルを拡張し,企業情報開示に対する規制機関の意思決定を導入したモデル分析を実施した。その結果として,ワーキングペーパー発行1件および国際査読誌投稿2件(査読中)を実施した。
上記(1)は,過年度に国際誌に投稿した論文2件に対する査読審査コメントに対応し,論文改訂に取り組んだものである。第1論文は,環境会計情報を私的情報として投資決定に用いる情報トレーダーが存在するモデルに依拠して,市場における取引量と株価が環境会計報告に依存してどのように決定されるかを分析している。分析から,CSR情報開示が財務報告に対する株価反応を抑制する効果をもつという結果を得た。第2論文は,CSRに関して異質な選好をもつ投資者層から構成される証券市場における企業のCSR情報開示政策を分析している。企業の報告バイアスが企業の私的情報に関して線形であると仮定した場合,企業は財務報告に比べてCSR情報開示において裁量行動に積極的に関与し,証券価格もCSR情報に対する反応係数が財務報告より大きいという結果を得た。
上記(2)は,当初計画した3か年の研究期間を延長して研究を進展させる目的から,モデルの追加的分析に取り組んだものである。CSR情報の質(開示されたCSR情報を条件とするCSR業績の事後分散)を企業の決定変数としてモデルに導入し,企業が選択するCSR情報の質がどのような要因から決定されているかを分析した成果をワーキングペーパーとして取りまとめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は,当初計画として,大きく3つの段階にわけた研究プロセスを設定した。(1) 初年度に,社会的責任投資を資本市場に導入した基本モデルを構築し,資本市場の価格形成メカニズムの均衡分析にもとづいてベンチマークを導出し,第2年度以降に(2) 社会的責任投資情報の利用者の決定をモデルに導入して,CSR会計報告を利用する社会的責任投資の形成プロセスを分析するとともに,(3) 企業のCSR会計情報の開示政策を内生化してモデルを拡張し,その株価形成メカニズムへの影響を分析することを計画した。
この当初計画を遂行する過程で,企業が開示するCSR情報が証券価格に反映されるメカニズムにおいてCSR情報の質が重要な役割を果たしているという示唆を得た。そこで,研究期間を延長して,CSR情報の質(ノイズ項の精度)が企業経営者によって決定されるモデルを提示し,最適なCSR情報精度の決定要因の特定を試みた。分析結果から,CSR情報の質に関する企業決定が,企業による情報利用者選択として機能していることを明らかにした。企業活動の外部性に関心をもつ社会責任投資の株式需要を増大させることが可能なとき,企業は高品質のCSR情報を公開する。しかし,社会責任投資の株式需要を増大させるコストが大きいとき,企業はCSR情報によってSRIの所有を増大させる開示政策を変更し,財務成果に関心をもつ一般的投資者の需要増加を企図し,低品質のCSR情報と高品質の財務情報を開示する。この観点から財務報告とCSR報告は代替的な関係をもつ。
当該モデル分析から得た含意は,財務報告の質とCSR報告の質の間に負の関連性がある証拠を提示してきた実証研究に対して理論的な基礎を提供するものであり,本研究が当初計画していた研究課題を越える進捗状況を示すものである。以上の理由から,本研究は概ね順調に進展しているものと判断した。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究方策として,第4年度の成果を基礎として,2つの方向に研究を展開させる予定である。具体的には,経営者がCSR情報の測定精度を決定しCSR情報を開示するモデルに新たに2つの仮定(企業による自発的なCSR情報開示決定,およびCSR情報開示に関与する規制機関の決定)を導入して,これまでに本研究が導出した企業のCSR情報開示政策の頑健性を確認する。
このうち第1は,企業のCSR情報開示決定を内生変数として扱い,その情報開示政策が投資者行動にどのような影響を与えるかを明らかにするのが目的である。本年度までの分析は,測定したCSR情報が外部に公表されることを所与としていた。しかし,CSR情報の公開を前提として導出した企業のCSR情報開示政策(バイアスやシグナル精度の決定)は,企業の任意開示に委ねられている現行のわが国のCSR情報開示実務の下では記述的なモデルとして疑問が生じる。この観点から,CSR業績に関する情報を測定・開示する経営者決定を新たにモデルに導入し,最適CSR情報開示政策および当該開示情報に対する投資者行動を導出する。
第2に,企業の情報開示を規制する機関をモデルに導入し,異なったCSR情報開示規制が企業の自発的なCSR情報開示政策に及ぼす影響を明らかにする。現在,CSR情報開示実務が従来の任意開示から,強制的な規定にもとづく開示へと世界的に移行しつつあり,この観点からCSR情報開示に対する規制の有効性に関する理論的基礎に注目が集まっている。本研究は,証券市場の株価効率性を増大させる目的をもつ情報開示規制機関を仮定し,企業が開示するCSR情報の質を規制機関が決定・強制することが可能である場合,企業のCSR情報測定・開示政策にどのような影響をもたらすかを分析する。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)次年度に生じた使用額は,当初計画した国際学会(European Accounting Association)年次コングレスにおける論題報告1件と国内学会(日本会計研究学会全国大会)における論題報告1件を中止したため,出張旅費が未使用となったことに起因する差異である。
(使用計画)初年度に得たモデル分析の成果を国内外において報告するとともに,海外研究者との情報交換を行うための旅費と,成果公表のための英文校閲及び投稿費用に使用する予定である。
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