研究課題/領域番号 |
17K04116
|
研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
ウー ジョンウォン 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 教授 (50312913)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
|
キーワード | 賃金の個人間格差 / 中小企業 / 国際比較 / 市場賃金率 / 労働協約 / 従業員格付け / 従業員評価 |
研究実績の概要 |
本研究は、中小企業に焦点を当て、賃金の個人間格差の決定メカニズムを国際比較しようとするものである。研究仮説は、(ア)中小では世界共通的に熟練度によって賃金が決まる。(イ)熟練度を測る仕組みは、市場の影響が強いか組織の影響が強いかによって異なる。(ウ)市場の影響は業種別/職業別相場で測れる。(エ)組織の影響は従業員格付けと評価の仕組みによるが、それは経営者の特性と雇用関係の性格によって異なる。(オ)熟練度を測る仕組みは賃金格差の度合いに影響する。この仮説のもと、日本・中国・マレイシア・ベトナムおよびアメリカ・ドイツ・フランス・チェコ・ルーマニアを対象に、(A)文献研究と(B)ケース・スタディを行なう。具体的には、(a)従業員の「銘柄」と賃率の決め方、(b)従業員評価の仕組み、(c)報酬の格差などを調査し、類型化と課題析出を試みる。 平成29年度は、この骨格にしたがって、アジアを重点的に調査した。主な質問項目は、(a)「銘柄」・賃率の市場賃率あるいは労働協約との関連、(b)従業員評価の賃金への反映の程度、(c)従業員間の報酬格差、(d)従業員の格付けと評価の仕組みをめぐる労使間の緊張あるいは妥協の実態などである。 調査に当たっては次の諸点に留意した。(a)については、「銘柄」自体がどのような範疇(e.g.職種あるいはジョブ・ファミリーなど)で表現されているのか。(b)については、パフォーマンス管理の仕組み如何とその従業員への影響、および評価の結果をもって人材育成につなげようとする意図・政策の可否。(d)については、人材を定着させようとする意図や政策の有無とその帰結。 調査の結果、たとえばベトナムの場合、「銘柄」が確立していないなかでの市場の影響力が極めて高く、企業による人材の確保・評価・定着の試みは、あまり進んでいないことがわかった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成29年度は、上記の骨格に従って、アジアの日本、中国、マレイシア、ベトナムを重点的に調査する予定であった。これらの地域は、平成28年度までの科研費研究で応募者自身それぞれの市役所、自動車部品製造企業(ただし、大企業)、スーパーマーケット運営企業(ただし、大企業)を調べており、その延長線で調査に取り組むことが比較的容易なところと予想された。なお、輸送用機械器具製造業と飲食料品小売業の分野においては、今まで調べた大企業と今度調べる中小企業との比較がある程度可能なことも、これらの地域調査の利点と考えた。 この予想は、日本においては的中した。日本国内の中小企業は、少なくないケースを見ることができ、その輪郭を描けるようになった。しかし、諸外国においては難航した。大企業と異なり、中小企業は人事・賃金情報を対外的に示すことに慎重で、インタビューを受け入れてくれる企業自体が少なく、インタビューができた場合でも、内部資料の入手は困難を極めた。このような理由により、中国とマレーシアにおけるインタビュー調査はなかなか進まず、ベトナムにおけるインタビュー調査だけが可能となった。 ベトナム調査においては、次のような結果が得られた。(a)従業員の「銘柄」については、熟練に対する社会的な規定力が全般的に弱く、職種あるいはジョブ・ファミリーという範疇自体も社会的に確立していない。(b)従業員評価については、パフォーマンス管理の仕組みが十分導入しておらず、評価の結果をもって人材育成につなげようとする意図・政策も確立していない。(d)労使間の緊張/妥協については、いわゆるVoice/Exitモデルがうまく機能せず、転職が盛んに行なわれ、人材を定着させようとする意図や政策も弱い。 しかし、同様の調査を中国とマレーシアで行うことが困難だったのである。
|
今後の研究の推進方策 |
平成30年度は、上記の骨格に従って、欧米のアメリカ、ドイツ、フランス、チェコ、ルーマニアを重点的に調査する。なお、平成29年度に十分進められなかった中国とマレーシアの調査も並行する。主な調査項目は、上記の(a)(b)(c)(d)であるが、次の諸点に特に留意する。(a)従業員の「銘柄」について、アメリカとドイツの場合は「ブロード・バンド」がどのように進められているかに注目し、ほかの諸国の場合は銘柄の設定において企業がどこまで自律性を発揮できるかを問う。(b)従業員評価については、経営側が力を入れている評価要素は何で、それに対する労働者側の受け止め方はどうなっているかに注目する。(d)労使間の緊張/妥協については、労働組合あるいは経営者団体がどのように発言し、どのような代案を提出しているかに注意を払う。 ただし、中小企業の場合、情報開示の程度が低く、インタビューを受け入れてくれる可能性も高くない点にかんがみ、専門の調査会社を通した、中小企業対象のアンケート調査を併用することも試みる。 以上をふまえ、その成果の一端を、2018年7月に開かれる、ILERA(International Labour and Employment Relations Association)の世界大会で報告する。 なお、平成31年度は、中小企業における個人間賃金格差の決定メカニズムを総合的に分析し、アジアと欧米の特徴を類型化するとともに、共通的に抱えている課題を析出し、フェアニスに向けた合意形成に関する示唆を導き出す。その成果は、国内学会および国際学会で発表し、有力な学術誌に投稿する。
|
次年度使用額が生じた理由 |
平成29年度は、日本・中国・マレーシア・ベトナムの4ヶ国に関する調査を予定しており、それぞれの国での中小企業を対象としたインタビュー調査を計画していたが、前記の事情により、中国とマレーシアに関しては、現地企業を訪問してのインタビュー調査を進めることができず、次年度使用額が生じた。 平成30年度においては、もともとの調査計画を進めると同時に、中国とマレーシアについての現地調査を行ない、なお、専門の調査会社を通したアンケート調査の並行を試みることで、本研究の円滑な遂行をはかりたい。
|