本研究は、中小企業に焦点を当て、賃金の個人間格差の決定メカニズムを国際比較しようとするものである。研究仮説は、(ア)中小企業では世界共通的に熟練度によって賃金が決まる。(イ)熟練度を測る仕組みは、市場の影響が強いか組織の影響が強いかによって異なる。(ウ)市場の影響は業種別/職業別相場で測れる。(エ)組織の影響は従業員格付けと評価の仕組みによるが、それは経営者の特性と雇用関係の性格によって異なる。(オ)熟練度を測る仕組みは賃金格差の度合いに影響する。この仮説のもと、日本・中国・マレイシア・ベトナムおよびアメリカ・ドイツ・フランス・チェコ・ルーマニアを対象に、(A)文献研究と(B)ケース・スタディを行なう。具体的には、(a)従業員の「銘柄」と賃率の決め方、(b)従業員評価の仕組み、(c)報酬の格差などを調査し、類型化と課題析出を試みる。 調査に当たっては次の諸点に留意した。(a)については、「銘柄」自体がどのような範疇(e.g.職種あるいはジョブ・ファミリーなど)で表現されているのか。(b)については、パフォーマンス管理の仕組み如何とその従業員への影響、および評価の結果をもって人材育成につなげようとする意図・政策の可否。そして、(c)については、従業員評価の賃金への反映の程度と、その結果としての従業員間の報酬格差の程度。 令和4年度は、文献研究を中心に、アジアと欧米との比較を行った。結果、(a)においては、相対的に「銘柄」が確立している欧米に比べ、アジアの場合、一方では職種のような古い慣行が維持されている反面、他方では学歴資格のほかには銘柄といえるようなものが確立していないこと、(b)においては、アジアの場合、報酬に対する評価の影響力が相対的に大きいものの、その制度化の程度は小さく、これが、(c)の従業員間格差につながっている可能性があること、などが判明した。
|