現在の日本の精神医療は、地域生活支援への重心の移動や精神障害の当事者とその家族によるピア・サポートの広がり、さらには当事者研究の進展などに見られるように、大きな変化を経験しつつある。そのなかでも当事者の経験とそれにもとづく治療・支援の知識の広がりはめざましく、これを受けながら既存の専門知識のあり方があらためて問題化され、またその組み替えのための試みも進められている。本研究の目的は、精神障害の治療と支援の知識をめぐるこうした動向の内実を明らかにするとともに、この課題に取り組む支援実践の方法を記述的に解明することである。 この目的のもと、この研究で行ったことは次である。 (1)当事者と家族による症状を語る方法の記述的解明。日常生活のコンテクストにおいて精神障害は逸脱的言動として表れることはこれまで数多く指摘されてきた。これらの指摘を踏まえ、この研究では特定個人に逸脱を帰属する際の背景となる状況や規範について、当事者や家族の語りの分析を通して明らかにした。 (2)精神障害をめぐる知識の非対称性の問題の解明。精神医療は日常生活のコンテクストにおける逸脱的言動を医療化し、その治療と支援の関与者たちの社会関係を組織化する。この治療と支援をめぐる社会関係の特徴とその倫理的問題点を明確にした。 (3)知識の非対称性に向けられた支援実践の解明。精神障害をめぐる知識の非対称性がもたらす倫理的問題に対し、関与者たちはどう志向し対応しているのか、支援実践の分析を通じて明らかにした。
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