研究課題/領域番号 |
17K04145
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研究機関 | 山口県立大学 |
研究代表者 |
中村 文哉 山口県立大学, 社会福祉学部, 教授 (90305798)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 癩豫防ニ関スル法律 / 癩豫防法 / 隔離所 / 癩豫防ニ関スル法律施行細則沖繩縣 / 癩豫法施行手続沖繩縣 / ハンセン病 / 沖縄社会 |
研究実績の概要 |
本年度は、「癩予防ニ関スル法律」(以下、1907年法と略記)、および「癩豫防法」(1931年法)、および両法の各「施行規則」間の連続性と不連続性を追った上で、両法の「施行細則(沖繩縣)」・「施行手続(沖繩縣)」間の、連続性と不連続性を追った。1907年法の収容規定は「癩患者ニシテ療養ノ途ヲ有セス且ツ救護者ナキモノ」を対象とした救恤的規定であったが、1931年法では「癩患者ニシテ病毒伝播ノ虞アルモノ」と、病態診断を前提にした入所規程に変わった。だが、1931年法「施行規則」第二条第三項では病者・同伴者・同居人の「一時救護」規定が残され、〈病毒伝播ノ虞ナク療養ノ途ヲ有セス且ツ救護者ナキモノ〉の収容も、可能であった。また、1931年法では「従業禁止」が強化されたが、「生活費ノ補給」が新設され、1907法同様、私宅療養の途は残された。更に「生活費」の廃止・停止・減額の件で、1931年法「施行手続(沖繩縣)」第九条等で、療養所からの「退院」規程、「治癒」規程も残され、1907年法の救恤的性格が継承された。1931年法「施行手続(沖繩縣)」第十四條二号において、「一時救護」の「費用」は、「行旅病人及行旅死亡人取扱手続」(大正七年九月沖繩縣訓令甲第二一号)第七条規程が「準用」され、「小屋掛」の費目が残された点からは、1907年法下での〈療養ノ途及救護者アルモノ〉の扶養義務者による引取拒否時、更には1931年法下での〈病毒伝播ノ虞ナキモノ〉の引取拒否時に、各シマが定めた〈隔離所〉での小屋掛が、法上、可能となる。こうして、当時の沖繩縣は、第五区九州療養所への収容が法的に保証されたが、収容者は少なく、1910年に始まったこの方途は1929年に廃止された。以上を踏まえると、私宅療養、及び〈隔離所〉とそこからの放浪という当時の沖繩病者たちの現実が、癩予防に関する関連法規・地方制度から、窺える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の軸となる「らい予防」に関する関連法規および地方制度の理解が深められた。特に、同法関連法規と、「行旅病人及行旅死亡人取扱法」関連法規および「伝染病予防法」関連法規という性格の異なる法規程との、連続性と不連続性が、確認された。癩豫防関連法規の救護・収容規定は、警察と行政の両属の部分があり、場合によっては、伝染病同様、救恤的規定が、取締的に運用される矛盾を含む可能性を秘めていたことも、窺える。沖繩縣における結核とハンセン病の比較研究が立ち遅れているが、全体の骨子は出来ている。
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今後の研究の推進方策 |
沖繩縣における結核とハンセン病の比較研究について、研究を進めたい。これらの慢性伝染病は、ともに、消長期が沖繩戦後と、重なる部分があるので、考察対象の歴史的時間軸を、変更して考察する必要がある。また、同疾病を取り巻く外郭団体の活動・啓発についても、考察のうちに含めたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
諸般の都合により、沖繩での調査が実施できなかったことによる。
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