最終年度では、5歳児29名を対象に幼児の特性についての保育者の理解に幼児の感情表出が影響するかを検討した。向社会性と攻撃性についての保育者評定の結果に基づき、向社会的感情の表出が少なく攻撃的感情の表出が多い群(攻撃性群(6名))と、反対に向社会的感情の表出が多く攻撃的感情の表出が少ない群(向社会性群(7名))を抽出し、2群の幼児の実際の行動について観察研究を実施した。その結果、向社会性群は攻撃性群に比べ、向社会的行動の生起頻度が高く、攻撃行動の生起頻度が低いことから、保育者は実際の幼児の向社会的あるいは攻撃的感情表出の姿から、その特性を正確に捉えていることが示された。一方で、相互作用の質には群による差異が見られ、向社会性群よりも攻撃性群の方が、他者に対する働きかけや自己主張行動は多いが、他者からネガティブな反応を示される割合も高いことから、仲間との相互作用を改善することで、向社会的な感情表出が増える可能性が示された。本研究における成果は以下の通りである。第1に、感情表出に難しさを持つ3名の幼児に対する2年間にわたる観察研究から、「保育場面での遊びの質と保護者による肯定的捉え」、「特定の他児との愛着関係」、「保育者との愛着関係」が、感情表出力の向上に貢献する文化的要因であることを明らかにした。第2に、保育者は実際の幼児の姿からその特性を正確に把握しており、感情表出の困難さは保育者による幼児の特性理解に負の影響をもたらさないことが明らかにされた。他方、第3に、他児の特性に関する幼児の理解には感情表出の困難さは影響し、向社会的行動を示したとしても表情がネガティブであれば「意地悪な子」と判断され、同様に、ポジティブな表情で攻撃的に振る舞う他児のことは「優しい子」と判断されること、またこのような特性理解は、関係維持欲求にまで影響することが示された。
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