ヒトには複数の事象ついての要約統計量を抽出する能力が備わっていることが示唆され,対象とする刺激属性に依存しない要約統計量表象メカニズムの存在が指摘されてきた.本研究では,このメカニズムが感覚モダリティ間で共有されるか,或いは,各感覚モダリティに固有のものかという問題について,実験研究ならびにシミュレーションによって検討した.特に,これまで取り組まれていない触覚における要約統計量推定について,視・聴覚と一貫した手続き並びに測定値を用いて実験を行い,結果を踏まえて要約統計量表象モデルの精緻化を試みた.視覚刺激にはコンピュータ画面上に提示された円の大きさを,聴覚刺激には大きさの純音の強度を,触覚刺激には指先に提示した振動の強度を用いた. 実験とシミュレーションの結果から,以下の3点が明らかになった.1)触覚刺激を用いて平均量抽出時の精度とバイアスを測定した結果,触覚においても要約統計量の抽出が可能であることが示された.2) 被験者内で各モダリティの平均量抽出時の精度とバイアスを測定し,モダリティ間での相関関係を検討したところ,触覚と聴覚間のみで有意な関連性が示された.3)バイアス傾向については,いずれの感覚モダリティにおいても,対象の刺激群を過大評価する傾向が見られた. これらの結果から,視聴触のいずれの感覚モダリティにおいても要約統計量抽出過程の存在が明らかになったが,必ずしも共通の処理過程を媒介としていない可能性が強まり,感覚モダリティに固有の処理過程が示唆された.ただし,聴覚と触覚条件での成績に高い相関が示されたことから,刺激属性に固有の処理過程が存在する可能性が高まった.バイアス傾向については,視聴触覚で共通する特性が見られたものの,個人内での相関関係が示されなかったことから,各課題の反応段階でバイアスが生じている可能性が示唆された.
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