研究課題/領域番号 |
17K04543
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
鈴木 晶子 京都大学, 教育学研究科, 教授 (10231375)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | タクト / 実践知 / 緊急性と不確実性 / AI協働型のプロの技倆 / 教師のキャリア形成 |
研究実績の概要 |
教師の日常実践は、授業実践、学級経営、生徒指導が相互に連関した課題に対する判断と決断の連続によって成り立っている。問題対応だけでなく、問題を未然 に防ぐための処理には、教育活動に特有の構造契機を踏まえた専門性が要求される。 本研究は、歴史人類学的手法によるフィールド調査を実施し、緊急性と不確実性を要する学校実践の構造契機について、課題対処メカニズムを解明することを目指している。 今年度の実績は以下の通りである。 ①学級事務、学級実践、授業実践、生活指導、安全指導、給食指導、保護者懇談など学校管理職のマネジメント力に焦点を当て、聞き取り調査を実施した。緊急性と不確実性への対処を必要とする典型的な事例を収集し、事例を構成している判断や決断のための諸条件や、学校管理職、学級担当教師、教科や学年の責任者、保護者、生徒それぞれの視点を踏まえた状況認知と教師の対処法を構成する諸要素を抽出し分析した。②京都市総合教育センターの協力を得て、自らの教師としての力量を第三者の眼で分析してほしいと希望する教師の授業分析をビデオグラフィーの手法も入れて実施した。ビデオによる記録、分析、教師当人による授業分析、授業を取り巻く他の様々な学校日常でのコミュニケーションや生徒の状況把握についての聞き取り調査を踏まえ、学校実践全体のなかに授業を構造的・機能的に位置づけながら、教師自身が自らのキャリア形成のなかで、教育実践についてどのようなヴィジョンを描き、何に注目しつつ自らの実践について反省と予測を繰り返しているかについて分析した。③教育職と同じく、緊急性と不確実性への対処を専門職の職能として要求される医療従事者のキャリア形成と職能訓練について、近年のAI技術導入の動きの中で専門知の組み換え状況について調査し分析した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初、日独教育専門職に対するフィールド調査を実施することを予定していたが、ドイツにおける教育現場の個人情報保護、肖像権の保護など調査研究を実施するための諸条件がかなり厳しくなってきているために、より詳細な聞き取り調査が難しい状況となっている。そこで、日本でのフィールド調査を強化し、適宜オンラインでのドイツ側への聞き取り調査を行う体制とした。さらに、教育専門職と医療専門職の実践知を比較しながら、緊急性と不確実性に対処するためのメカニズムを解明するという所期の研究目的に関わって、日本での教育と医療それぞれの現場におけるAI協働型の仕事体制の浸透とともに生じている実践知養成の課題や問題点の抽出にも注力する形で、研究を推進した。その結果、教育専門職との比較における医療専門職のキャリア形成、とりわけ深慮と即妙の実践知としてのタクト養成について、複数の視線(実践における当事者としての順路の眼差しと、専門職の俯瞰的眼差し)に伴って形成されていく専門職のヴィジョン(教師あるいは医師)と非専門職のヴィジョン(生徒・保護者あるいは患者・患者の家族)の交錯とずれが原因となって起こる摩擦や問題の抽出とその解決法について、新たな知見を得ることができた。その成果は医療分野の学術専門誌にも掲載された。
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今後の研究の推進方策 |
ドイツでのフィールド調査実施は、新型コロナウィルスへの対応が重要な課題となる今年度の状況を鑑みると、実現は非常に厳しいことが予想される。ドイツ側の研究者とはオンラインによる研究打ち合わせを通して、必要に応じた協力体制は維持しつつ、できる限り聞き取り調査は続けていく方針である。しかし、実際に現地にでかけてのフィールド調査、ビデオグラフィーを用いた調査などの実施は難しいと予想される。最終年度に、国際シンポジウムを予定していたが、その開催の見通しも厳しい。以上の状況判断をもとに、本研究の今後の推進については以下の方策をとる。 ①これまでの日独比較調査で得られた知見から、教育専門職の緊急性と不確実性への対処メカニズムについて、専門職としてのキャリア形成の過程で段階別(初任、10年目、主任、管理職)に求められる実践知の構造や機能を分析する。 ②ビデオグラフィーを通して得られた日本の学校教師に対するフィールド調査および聞き取り、ビデオ分析セッションのデータを分析し、実践のなかで、順路の眼差しと俯瞰の眼差しがどのように形成され、相互に交差しながら、深慮と即妙の実践的技倆となって実践知が働くかをより細かいレベルまで解析する。 ③今般のパンデミック対策の一環として、オンライン授業による教育の新たな展開が急速に進展している。オンライン授業ならではの特質や課題などが、今後、実践レポートなどを通して明らかになってくるだろう。IT駆動型の教育への転換期に学校教師に必要とされる技倆に焦点を当て、これまでの研究実績を活かし研究成果をまとめる。 以上により、「学校教師の日常実践にアプローチするための フィールド調査を実施し、緊急性と不確実性を要する学校実践の構造契機について、教育専門職としての「課題対処メカニズム」とその対処法を解明する」という本研究の目的に違うことなく研究を推進していくことができると考える。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究代表者は部局の入試に関わる特別の業務に従事することとなったため、科研最終年度に予定していた計画を予定通り遂行することが困難となった。とりわけ最終の聞き取り調査の実施、これまでの調査に関わるデータ分析、 研究成果のとりまとめなど一連の作業の遅延により、延長せざるを得ない状況となった。また、今般の新型コロナウィルスのパンデミック対策の一環により、日独でも授業実施および通常の学校関連業務が遅滞している状況で、2020年2月下旬以降、学校でのフィールド調査の実施や最終年度の成果発表のためのシンポジウム実施は難しい状況である。今年度は、日独の協力者とのコミュニケーションはオンライン形式での実施が中心になると予想される。最終年度は、こうした状況を鑑みつつ、研究協力者とはオンラインでの通信を主としつつ、これまでの調査結果の分析を進め、研究成果の海外発信を行う。研究費の使用計画としては、オンライン通信に関わる物品の購入、成果の海外発信のための翻訳・校正、録画・録音に関わる経費を予定している。
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