2019年度は、これまでに進めてきた電気通信分野における終戦直後の工学教育と技術者倫理との関係について追加調査を進めるとともに、戦後と比較するために戦前の工学教育や技術者運動と技術者倫理の関係についても調査を進めた。さらに日米比較のために米国議会図書館でも調査を進めた。戦前の日本でも工学教育の拡充は進められ、さらに1918年の大学令や1920年の実業学校令によって国家思想や徳性の涵養が求められるようになり、倫理教育も重視されていった。しかしその一方で、高等工業学校が大学に昇格していったことで、実業教育から専門学術教育への方針転換が進み、終戦直後に指摘されることになる工学教育の諸問題が拡大して、倫理教育もカリキュラムから外されていったことがわかった。そして、さらに戦後になって教育が民主化されて一般教育が展開されたことで、工学教育における戦前と戦後の差は大きなものとなった。この新しい理念の下で工学教育改革のリーダーたち、とくに古賀逸策(大学電気教官協議会の推進者)と清水勤二(日本工業教育協会の推進者)は米国の技術者倫理に注目してそれに倣おうとした。米国でもまさにこの時期に技術者倫理の見直しが進み、技術者専門能力開発協議会(ECPD)を中心に工学系学協会が公衆の安全・健康・福利を重視する倫理綱領を制定していった。しかし、日本で技術者倫理の制度化が進むことになるのは、経済のグローバル化への対応が求められた1990年代のことであり、このことに工業教育や技術者制度、ひいてはそれと民主主義についての日本と米国との認識の差を見出すことができた。
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