研究課題/領域番号 |
17K04645
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研究機関 | 東京農業大学 |
研究代表者 |
稲泉 博己 東京農業大学, 国際食料情報学部, 教授 (50301833)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 食農教育 / 食農学習 / ライフストーリー / 質的心理研究 / 正統的周辺参加 |
研究実績の概要 |
広く行われている小中学校での食育・食農教育が児童・生徒に対する食や農への興味関心の涵養に効果が高いという知見に対して、大学等の高等教育における食農教育が学生にいかなる効果を与えるか、特に、その効果の卒業後における持続性についての科学的な知見はほとんどないと考えられる。 研究代表者のこれまでの学生とのインタラクティヴな議論から、大学生が食農への興味関心を涵養することで、正しい食選択に留まらず、多角的な好奇心や自己教育力の探求へと繋がる可能性が見い出された。これは、食育の限界とともに食農教育が持つ固有の教育効果を示唆するものである。このことを研究動機として、食農学習の理論構築を目指して次のような研究に取り組んでいる。 まず高等教育において食農教育関連科目を受講した卒業生に対して、ライフストーリーインタビューを実施する。これによって大学卒業後の人生の歩みに関するライフストーリーを構築する。その上で、高等教育時に受けた食農教育が卒業後の人生においていかなる影響を及ぼすか、すなわち食農教育の効果を明らかにし、その類型化を図ることを目指して調査研究遂行中である。 同時に、卒業後に食農への学びの意欲が生じる要因と、その意欲が持続する要因を明らかにすべく、特に卒業後に自ら主体的に食と農の繋がりについて学んでいる場合を、“食農学習への進化”が見られたものと捉え、その食農学習へと進化するに至る因果関係の解明を試みている。具体的には、「安全な食は安全な農が支えていることへの理解」や「農作業を通じた農業・農村そのものへの理解」「様々な実体験から予測不能な事態への対応力」等を、卒業生の人生経路の中でのイベントである就職、転職、転勤、結婚、妊娠、出産、子育て等を通していかに習得したかを解明する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
大学時代に食農教育関連科目を受講するとともに、現在、食と農に関連した職業に就職している者(8名)を対象にして、卒業後から現在に至るまでのライフストーリー・インタビューを実施した。調査では、卒業生の人生経路の中でのイベントである就職、転職、転勤、結婚、妊娠、出産、子育て等において、いかなる食農教育の影響があったかを把握した。これら具体的な対象者は、長野県佐久市の有機農家Ma夫妻、千葉県東金市の有機農家Mu夫妻、静岡県御前崎市の施設園芸農家K氏並びに同農場従業員3名、合計8名である。 この調査では、複数回のインタビューと並行して動画の解析も行い、インタビューイー自身の変化に関する気づきを促すと共に、インタビュー関係者間のズレを測定している。 また、このライフストーリー調査は、食と農に関わる職業に就かなかった者(3名)にも同様のインタビューを実施した。なおこの内1名は4月から 石川県輪島市に就農した。 これらの音源は専門業者の音声起稿を経て、現在動画と共に分析中である。 他方、御前崎市のK農園の経営主と従業員の日誌を検討し、同農場の特徴や人間関係、学びあいなどの側面を分析した。これを2017年9月の日本質的心理学会で発表した。
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今後の研究の推進方策 |
ライフストーリーを踏まえて、大学時代に受けた食農教育が卒業生の人生経路にどのような効果をもたらしているかを類型化する。申請書類に明記した通り理論仮説の枠組みとして、大学時代における食農教育関連科目の成績と、卒業後における食農学習の発現と持続性を軸にしたフレームを想定する。 ここでは、「大学時代の食農教育関連科目の成績が良好であれば、卒業後に主体的に学び続ける食農学習が発現しそれが長期持続する」ことを大前提としてⅠ型とする。しかし、当然、大学時代の成績が良好であり卒業後に食農学習が発現したとしても、様々な人生イベント(転職、転勤等)の影響によって「主体的に学び続ける」という効果の持続性が短い場合(Ⅱ型)、あるいは効果が発現しないことも想定される(Ⅲ型)。他方、大学時代における食農教育関連科目の成績が悪いと卒業後の食農学習の発現は見られないことの想定は容易である(Ⅵ型)。なかには、大学時代の成績が悪くとも、卒業後の様々な人生イベント(例えば、結婚、育児等)により、食農学習の発現が見られ、それが短期(Ⅴ型)あるいは長期(Ⅳ型)に持続する可能性も否定できない。 以上の基礎的枠組みの上で、これまでのところ「市場勤務経験からこだわりの野菜生産と販路の確保を心がけた」や「子どもに食べさせるものは自ら作りたいので、パートナーの就農に賛成した」、「徹底的に計数把握をすることで、農業でも計画が立つことを実証したい」、「東京の方が簡単に収入を得られるが、農村で生きるために何度も通い、移住を決めた」等の、具体的な学びの内容が摘出されつつあるので、その類型化を図る。
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次年度使用額が生じた理由 |
第一に、インタビュー等の質的調査を実施するに当たり、本学『人を対象とする実験・調査等に関する倫理委員会』の審査に若干日数を要したため、調査開始が予定より遅れたこと。 第二に、調査対象者の不測の事態(法人の改組、解散、調査関係者の事故等)により、調査日程がずれてしまったこと。 これらによって音声起稿業者への発注が年度を越えてしまったことなどによるものである。したがって「次年度使用額」は主として繰り越した音声起稿経費に充当する予定である。
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