研究課題/領域番号 |
17K04684
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研究機関 | 京都教育大学 |
研究代表者 |
村上 登司文 京都教育大学, 教育学部, 教授 (50166253)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 平和教育 / 戦争体験継承 / 当事者 / 当事者意識 / 平和教育の乖離 / イスラエル |
研究実績の概要 |
本研究では、下記の3つの領域で研究を行った。 ①戦争体験の継承に対して当事者意識を持たせる: 戦争体験に関しては、祖父母が戦前に生まれの者を「平和教育第3世代」とし、祖父母が戦後生まれを「平和教育第4世代」で2006年から2035年の間に生まれたか生まれる人々とした。第3世代と4世代に対する平和教育を「次世代型の平和教育」とし、平和教育の方法を考察した。戦争体験の継承への当事者意識を高める「戦争体験継承への当事者性の形成過程モデル」として、(1)情操的土台作り、(2)心理的距離の縮小、(3)想いの共有、(4)連帯的共感、(5)意義の理解、(6)継承の当事者、(7)継承の主導者、などの7つのステップがあることを示した。 ②現在生じている紛争や戦争に対しての当事者意識: 2018年4月に、イスラエルの中等教育学校で生徒(117名)に対する質問紙調査を行った。調査結果によれば、イスラエルを平和と考えない生徒は92.3%(108名)と圧倒的に多い。その108名がイスラエルを平和と思わない理由は、「イスラエルに脅威を及ぼす国があるから」(92.6%)、「テロの危険性が常時・実際にあるから」(89.8%)が多い。生徒達に平和な社会をつくるために学習する必要があるものを聞くと、「テロの防止」(66.7%)、「反ユダヤ主義とホロコースト」(56.4%)であり、3番目が「パレスチナの隣人と仲良く暮らすこと」(50.4%)とユダヤ人とパレスチナ人の共生が重要であることも認識されている。 ③アカデミズムの視点から、平和的課題への当事者意識を育てる実践方法: 関西平和教育学フォーラムを、2018年8月に「戦後75年に向けての平和教育―次世代につなぐ平和教育のあり方」のテーマで開催した。フォーラムでは、「次世代の当事者性を高める平和教育」の基調提案を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
①戦争体験の継承に対して当事者意識を持たせる: 京都教育大学の授業「平和と教育」において、受講生に戦争体験継承の活動を課して、学生自身による継承活動について194件(4年間:2014年度から2017年度)のデータを収集した。分析によれば、(1)戦争体験継承の実践方法として、戦争体験者から直接聞いたのは77件(38%)である。(2)戦争体験者に直接聞き取った時の語り手(戦争体験者)の平均年齢は84.2歳で、語り手の終戦時の平均年齢は14.2歳であった。(3)2017年度における戦争体験継承の課題を提出した49件のケースの中で、HPを利用したのが31件(63%)であった。その内、「NHK戦争体験アーカイブズ」を利用したものが19件であった、などの結果を得た。 ②現在生じている紛争や戦争に対して当事者意識を持たせる: 紛争地域に囲まれた国であり、国内でテロが多発するイスラエルにおいて、未来に向けての教育と、平和教育の位置づけについて教員に対し面接調査を重ねている。Hifa Bilingual Schoolを訪問し、2言語教育について聞き取り調査を行った。ヘブライ大学附属中等教育学校のLiyada Schoolでは、校長からイスラエルの学校教育について聞き取り調査を行うことができた。 ③アカデミズムの視点から、平和的課題への当事者意識を育てる実践方法の考察: 2018年8月開催の関西平和教育学フォーラムで、外部講師が、戦後70年以上が経過し戦争体験者からの直接的継承が難しい状況下で、「次世代の平和教育」が必要との認識から、国内の新たな平和教育の事例を紹介した。『“次世代型”の平和教育:戦争を「語り」・「継ぐ」』(学研 2018)の編集者から、戦争の非体験者がどのようにしたら体験者の想いを伝えられるかに取り組んでいる人々の活動を、紹介・解説してもらうことができた。
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今後の研究の推進方策 |
2019年度の研究でも、戦争体験継承に対する当事者意識を次世代に育てる教育の比較社会学的研究を継続し、当事者意識をいかに育てるかの考察を深める。過去の日本の戦争体験継承への当事者意識を持たせる方法、併せて現在国外で生じている紛争や戦争の解決に対して当事者意識を持たせる方法を、実証的に研究する。次の3つの領域で研究を進める。 ①戦争体験の継承に対して当事者意識を持たせる: ボランティアガイドの戦争体験継承への当事者意識と、継承活動との関連を考察する。NHKの「戦争証言アーカイブズ」の「証言ビデオ」を用いた授業を事例として、西宮市の小学校で6年生を対象に行った授業の効果を分析する。京都教育大学の学生による戦争体験継承から、当事者意識の形成を分析する。戦争体験継承への当事者意識形成の程度を分析し、継承内容との関連から教員養成における実践方法について提示する。従来の平和教育実践の改善方法として、当事者意識の形成方法を提示する。 ②現在生じている紛争や戦争に対して当事者意識を持たせる: 被爆体験や沖縄戦場体験を語りつぐ方法とその研究成果や、イスラエルでのホロコースト教育やプロジェクト学習、未来や平和的課題への当事者意識の形成方法を比較分析する。国際比較研究により、戦争体験継承への当事者意識の形成の違いを明らかにする。 ③アカデミズムの視点から、平和的課題への当事者意識を育てる実践方法の考察: 平和教育の転換期において、平和教育をばらばらな実践と理論に留めておくのではなく、「平和教育学」と呼べる学問的領域として方法論を形作ることをめざす。研究の最終年度として、「戦争体験継承への当事者意識の形成方法」を冊子でまとめ、成果をHPで公開する。また、教員養成のプログラムの一つとして、戦争体験の継承活動への当事者意識向上の教育方法を提示する。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由) イスラエルの学校で数回にわたり面接調査を行い、平和教育の実地研究を進めた。イスラエルのハイファの1校で質問紙調査を実施できたが、調査対象校を複数確保できておらず、本格的な調査実施に至っていない。2018年度後半に、イスラエルの平和教育研究者と共同研究を計画し調査の手続きを行った。調査実施に必要な経費として、ヘブライ大学のベッカーマン教授に、調査票収集の活動資金を送金する予定である。2018.12にベッカーマン教授がイスラエル教育省に「平和の見方:中学校の比較研究 イスラエルと日本の生徒」の研究タイトルでプロジェクトを申請した。2019.1にイスラエル教育省より実施の許可を得た。活動の必要性としては、ベッカーマン教授の下、研究補助員及び同教授がエルサレム地区での中学校に対する調査依頼のために学校訪問、保護者への依頼、質問紙票の印刷と配布、回収作業、などの経費及び交通費などに使用するため約70万円を予定し、2019年度に繰り越した。 (使用計画)平和教育の国際比較のため、2019年度は韓国の小学校で、質問紙調査の実施を計画しており調査用の経費を支出する予定である。この質問紙調査についての相談や実施についての調整のため、韓国に訪問する。イスラエルについても実地調査を行う。2019年度は、海外調査や海外出張の回数が増え、また国内調査などに支出する予定である。
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