研究課題/領域番号 |
17K04684
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研究機関 | 京都教育大学 |
研究代表者 |
村上 登司文 京都教育大学, 教育学部, 教授 (50166253)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 平和教育 / 当事者意識 / 戦争体験継承 / 戦争証言ビデオ / 比較教育 / 平和形成 |
研究実績の概要 |
本研究では、次の3つの領域で研究を行っている。①戦争体験の継承に対して当事者意識を持たせる。②現在生じている紛争や戦争に対して当事者意識を持たせる。③アカデミズムの視点から、平和的課題への当事者意識を育てる実践方法の考察。 戦争体験継承において、祖父母が戦前に生まれの者を「平和教育第3世代」とし、祖父母が戦後生まれを「平和教育第4世代」とした。第3世代と第4世代に戦争体験を伝承する平和教育を「次世代型の平和教育」とした。2019年度の研究では、「次世代型の平和教育」の一方法として、戦争体験の証言アーカイブスを用いた研究授業を小学校で行い、その教育効果を検証した。 NHK「戦争体験証言アーカイブス」に掲載されている動画をビデオ教材として、公立小学校の6年生4クラスに対して視聴させた。研究授業の実施の事前、直後(当日)、事後の3回、児童に対して平和意識を聞くアンケート調査を行った。調査結果によれば、ビデオ教材の視聴直後には、自分の意志や行動の志向を表現する「主体的・創造的平和志向」の項目の選択数が増える。逆に、戦争についてあまり知らなくても普通に感じるような「情緒的平和志向」の選択数が減る傾向が見られた。このように、多くの6年生児童が過去の戦争を自分事としてとらえ、ビデオ視聴効果を見いだすことができた。しかし、そのビデオ視聴から日数(24日~59日)が経過して実施した事後調査では、ビデオ視聴による児童の意識変化はほぼ消えてしまう結果が見られた。ビデオ視聴直後には、従来の平和教育実践と同様に、児童に感想文を書かせた。この感想文の数量的評価と、前述の事前・事後・直後に実施した意識調査の得点との連関は今回は見られなかった。 イスラエルのエルサレム地域で、アンケート調査を実施した。3つの中等教育学校において、2020年1月までにアンケートを実施し、533人分の調査票を分析している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
戦争体験の継承に対する当事者意識の形成を見るため、NHKの「戦争証言ビデオ」を用いた授業研究を行った。兵庫県西宮市の小学校で6年生(130名)を対象に行った授業の効果を分析した。 現在生じている紛争や戦争に対する当事者意識を形成する比較研究では、2018年4月に、イスラエルのハイファの中等教育学校で生徒(117名)に対する質問紙調査を行った。ハイファ調査だけでは、イスラエルの平和教育を概観するのに充分とは言えない。 イスラエルの共同研究者とともに、エルサレム地域の中等教育学校で、アンケート調査の実施を計画した。まず、イスラエル教育省に2018年12月に研究計画を申請し、翌年1月に許可を得た。調査票は、エルサレムでの調査に合わせて一部内容を追加した。調査方法は、保護者の許可を得て、各生徒が自宅で記入し学校に持参する方式である。一つの学校では、電子フォーム版を用い、生徒がネット上のアンケートに記入する方法を用いた。調査実施については、エルサレム地域にある合計12の学校にアプローチし、そのうち3つの学校が、アンケートの実施に協力した。今回調査対象とした学校は、「世俗タイプ」に属する中等教育学校である。合計で650人分のアンケートが配布され、回収後533人分を分析対象とした。 アンケートの分析においては、調査結果の素集計は終了し、現在はクロス集計分析を行っている。しかし、アンケート用紙の自由記述欄などに記入されたヘブライ語の文字起こしに時間がかかり、研究が2020年度にまたいだ。今後はヘブライ語の自由記述を翻訳し、テキスト分析を進める。並行してイスラエルの平和教育の歴史的考察を深め、調査対象校の独自性などを把握し、イスラエルの平和教育の現状と課題について論文にまとめていく。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度も次の3つの領域で研究を進めていく。まず、戦争体験の継承に対して当事者意識を持たせる。そして、現在生じている紛争や戦争に対して当事者意識を持たせる。さらに、アカデミズムの視点から、平和的課題への当事者意識を育てる実践方法の考察、などである。本年度は日本とイスラエルの比較研究を継続する。イスラエルがある中東地域は紛争が多く、テロが多発する地域である。日本とイスラエルの比較により、現在生じている紛争や戦争に対して、中学生に当事者意識がいかに形成されるかを明らかにしようとする。 本研究では3年にわたって、イスラエルの平和教育の実地調査と、イスラエルの中学生に対する平和意識調査を進めてきた。比較教育学的研究により、戦争体験継承への当事者意識の形成の相違が明らかとなる。中学生に対する平和意識調査を、イスラエルにおいて2018年と2019年に実施し、「正義の戦争論」(国を守る良い戦争があるという考え)を認める割合が極めて高いことが示された。イスラエルの中学生の平和社会形成への貢献意欲は日本と同様に高かった。 平和意識形成の観点から、戦争体験継承に対する当事者意識を次世代に育てる教育の日本とイスラエルの比較社会学的研究を継続し、体験継承への当事者意識の形成について明らかにする。第2次世界大戦の体験継承への当事者意識を持たせる方法、併せて国外で生じている紛争や戦争に対して当事者意識を持たせる方法を、日本での被爆体験や空襲体験を語りつぐ方法の研究成果や、イスラエルでのホロコースト教育や平和形成方法の教育、などを比較分析する。 研究の最終年である2020年度では、戦争体験継承への当事者意識の形成方法としてまとめ、成果をHP等で公開する。
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次年度使用額が生じた理由 |
現在までイスラエルの学校で数回にわたり面接調査を行い、平和教育の実地状況について訪問調査を行ってきた。2018年度にイスラエルのハイファの1校で質問紙調査を実施したが、調査対象校を充分確保していなかった。 2018年度以降、イスラエルでは学校調査を行う際にはイスラエル教育省の許可が必要となった。2018年度後半から、イスラエルの平和教育研究者と共同研究を計画した。2018年12月にベッカーマン博士がイスラエル教育省に「平和の見方:中等教育学校の比較研究 イスラエルと日本の生徒」の研究タイトルでプロジェクトを申請した。2019年1月に、イスラエル教育省より実施の許可を得た。翌2020年の1月までにエルサレムの中等教育学校3校で質問紙調査を行うことができた。 日本とイスラエルの比較教育研究をより精緻に達成するために、追加の研究の実施が必要で、研究計画の見直しが必要となった。2020年度の使用額が生じた理由は、積み残した国際比較研究を2020年度も継続して行う必要があったからである。 2020年度4月以降は、調査実施校についての調査と、イスラエルのヘブライ大学の共同研究者と調査結果の理論分析を行う。平和教育の比較教育研究のため、調査結果の分析と成果公開の経費を支出する予定である。2020年度は、イスラエルでの調査出張は難しいので、現在までの調査結果の分析と研究成果のまとめに集中する。
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