研究課題/領域番号 |
17K04712
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研究機関 | 立教大学 |
研究代表者 |
有本 真紀 立教大学, 文学部, 教授 (10251597)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 個性 / 個性調査 / 言説編成 / 歴史社会学 / 学校的社会化 / 小学1年生 / 児童 / 教師 |
研究実績の概要 |
日本近代における「個性」概念の成立と普及過程の解明を目指す本研究において、2018年度は、①ワシントン州立大学歴史学部準教授で日本文化史が専門のWilliam Puck Brecher氏を立教大学招へい研究員に迎えての共同研究、②個性調査簿関連一次史料画像の整理と分析、③小学校1年生の「個性」が調査されるに至った経緯の検討、の3点を中心に据えた。 ①の共同研究では、「日本における『個性』の成立と展開」をテーマとする研究会を開催し(2018年7月14日、於立教大学)、「知識としての『個性』とその運用」(北海道教育大学旭川校、稲葉浩一)、「訓練の記述からみる教師の児童観」(尚絅大学、水谷智彦)、「戦前期の児童保護事業と子どもの個性」(新潟県立大学、高橋靖幸)、「明治時代のレジャーとしての『個性』」(Brecher)などの発表をもとに、参加者を交えて討論を行った。また、「西洋の個人主義対日本の集団主義のパラダイム」「明治期における『個性』」などについて、数回にわたって小規模な研究会を開催した。②では、これまでに収集した一次史料画像のデータベース化と、情報をデータセットとして扱うための入力作業を継続している。このデータを用いて、研究協力者である水谷智彦が、愛媛県内の小学校で収集した大正期の「人別表」をもとに、児童の評価すべき行動や性向、問題視される行動や悪癖の記述から教師の児童観を分析し、学会発表を行った。③については、1900年代初頭に小学校新入生が「初学年」という特別な取扱を要する新たなカテゴリーとして括られ、1910年前後には入学時の「個性調査」が、その数年後には入学前の調査が家庭との連携や予期的社会化のツールとしても重視されるようになったことを明らかにした。この成果は、「小学校1年生の歴史社会学―明治期・大正期における『初学年』の取扱いに着目して―」として論文化した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
① Brecher氏を招へいしての国際共同研究が実現したことで、明治期・大正期の史資料を共有した上で、「個性」を日本文化史と、教育の歴史社会学の双方から複眼的に捉える視座を得ることができた。とりわけ、江戸期の奇人概念から明治期・大正期の「自己形成」にかかわる魅力的な概念としての「個性」に至る流れ、西欧諸国との比較、集団主義・国家主義と個性といった論点を共有できたことで、日本における個性の成立と展開について多角的に検討する基盤が得られた。 ② これまでに収集済みの個性調査簿一次史料画像の整理と分析を、継続的に行った。今年度は新たな学校史料の収集は行わず、蓄積した画像のうち愛媛県で収集した個性調査簿を中心にデータベース化した。当該表簿は自由記述欄の記載が充実しており、史料価値は高いものの、データベース化には予想以上に時間を要することがわかった。そのため、優先順位を見極めて作業することが不可欠であり、次年度以降の作業には一層綿密に計画を立てて臨みたい。 ③ 学校教育において「個性」が注目されるにつれて、小学校入学直後、さらには入学前の個性調査が重視される経過を追うことができた。今年度は、「個性」に言及している明治期・大正期の心理学・教育学関連文献のうち、小学校1年生を扱った言説に特化して収集・整理したことにより新たな知見が得られ、成果につなげることができた。 以上のように、「研究の目的」はおおむね順調に進展している状況である。ただし、一次史料画像の整理が当初予定より若干遅れていることが反省点であり、これらは次年度以降に改善を図る予定である。
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今後の研究の推進方策 |
「個性」に言及している明治期から昭和戦前期の心理学、教育学分野の文献の収集・整理を行う。主に、「個性」がindividualityの訳語として用いられ始め、教育・心理学分野で流通するようになる、明治期から大正期にかけての文献を中心に検討し、「個性」に関する言説がどのように編成されたのかを検討していく予定である。 中でも、次年度は、明治期から昭和戦前期の教育学書・教育雑誌・学習雑誌の言説を通して、小学校1年生という特殊な存在がいかに成立してきたかを解明することに力を注ぐ。小学校は「個性教育」に資するとして、児童一人一人の性格や身体に関する事項、生活程度や近隣の状況に至る詳細な情報を集めるようになるが、その機会を入学時の家庭調査や入学前の家庭訪問にまで広げていく。すでに単著として出版企画が決定している『小学一年生の歴史社会学』(仮)では、そうした過程を辿ることに加え、現代において「児童になる」ことの意味と、子どもたちが経験する「歴史的身体」の不可避性を明らかにする予定であり、次年度はその執筆を主に進めたい。 また、研究協力者の助力を得ながら一次史料画像データの整理と分析を継続し、データベースの作成を進める。地域、記載時期、表簿の項目、記述の様態などを勘案して分析優先順位の高いファイルから順に、表簿に応じたエクセルのフォーマットへのデータセット入力作業を行う。作業を通して得られたデータセットは、テキストマイニングを活用して分析を行う予定である。 加えて、すでに収集済みのデータを補完するために必要な史料調査計画を立案する。調査先は主に小学校であり、その選定と交渉にあたっては、過去の調査で蓄積したノウハウを活用して効率を高める。調査によって得られた史料は、順次前述の整理、分析作業に加えていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
2018年度は、研究協力者によるデータベース作成を円滑に行うためノートPCとモニター各2台を購入したが、それに加えて予定していた高性能ノートPC購入を先送りしたため、次年度使用額が生じた。次年度は、ノートPCほか、記録媒体等の購入を予定している。また、出版企画が決定している単著執筆を進めるにあたって、文献の入手、史資料の収集が必要となるため、古書を含む図書の購入、文献複写、資料調査のための旅費などへの使用を見込んでいる。
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